再び東欧へ(ブラスチラヴァ:スロバキア)

スロバキア



 1SK(スロバキア・コロナ)≒5円(実際は4.4円程度でしたが、当時のレートをイメージし易い様に大雑把な値で出してます)

2006.10.23(月)

 ウィーンの出発は11:30時頃だったが、ブラスチラヴァへは1時間半後の13:00時に到着。首都間の距離が短いのは助かるが、こうも短時間でついてしまうとあっけなくさえ感じてしまう。この辺りのお手軽さがヨーロッパの最大の魅力なのだろうか?

移動中の景色

 

 ツーリストインフォメーションでホステルを予約、東側(中欧という区分も出来るが個人的には東西の方が好み)であってもスロバキアはこの辺りも手軽で助かる。トラムで荷物代も払って30分程度移動。ホステルと言いつつ、学生寮を解放したような「Európska vzdelávacia akadémia」はシングルでトイレシャワーが2部屋に一つ(トイレとシャワーが両側の部屋につながっている、もちろん使用中は反対側のカギをかけれる)というちょっと珍しい仕様で約2500円。まあ納得なお値段だった。


上左:ホロコースト記念碑、中央:マンホール男ことチュミル像と。右:カメラを構えているパパラッチ像。
中段;フラヴネー広場。下段:泊まったホステル

 

 いったん部屋に荷物を置いてからまた中心部へ向かう。鉄道駅で明日の夜行の2等寝台を購入してから夜景を鑑賞する。

ブラスチラヴァ中心部の夜景。
上段右:大統領官邸。3段目:フラヴネー広場と三位一体記念碑
下段右の食事は羊チーズのハルシュキで野菜無しなので美味しかった。

ドナウ川にかかる橋と展望塔(通称UFOタワー)

 

 とりあえずはこれで今日は終わりだった。

 

2006.10.24(火)

 出発は今日の夜、日中時間は十分にあった。ホステルを10時にチェックアウトして駅へ向かい。ブラスチラヴァ市内交通乗り放題券(24時間)を買い、荷物を預けて観光へと向かう。

天気はあいにくの曇り。再下段左は逆ピラミッド型のスロバキア放送ビル

ブラスチラヴァ中央駅。最下段はホテル・スピリット

大統領官邸、衛兵の交代式

ブラスチラヴァを一望出来るスラヴィーン。記念碑はスロバキア内で戦死した7000名のソ連軍兵士をたたえる物。

逆さテーブルと言われるブラスチラヴァ城とそこからのドナウ川の眺め

下段右は聖マルティン教会

 

 途中から雨が降ってきた。それほど強くは無いが、夜行の出発まで観光し続けなければいけないので何気に面倒ではあった。

市街から10km日にあるデヴィーン城

ドナウ川とモラヴァ川の合流地点の丘上の戦略的な要衝地にある。

1-5世紀間、ローマ帝国の戦略的に重要な要塞であったが1809年にナポレオンによって廃墟にされた

中心のフラヴネー広場とその周辺。下から2段目のベンチの像はナポレオンらしい。

ミハイル門と門の上から眺め

市内

上2段はTVタワー。下3段はブラスチラヴァ城周辺から

川沿い

中央駅付近と乗った寝台

 

 フルで観光した一日、深夜初の鉄道で向かうのはスロバキア東の都市、コシチェだった。

 






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