第28話 PNG《ピー・エヌ・ジー》(舞台国:パプアニューギニア)

Category: 激闘の記録!

あらすじ

 

舞台国パプアニューギニア

 

 かつてそのプロフェッショナリズムで「旅行界」を震撼させ続けてきた「観光マシーン、デューク・東城」

 封印していた”旅行”を檻から解き放ち、新しく始めた新ミッション「4th Mission The Rest of the World(世界の残り) 」←このミッションの説明はここをクリックして下さい。

 2009年4月15日に帰国してから実に約7年半ぶりの海外首都狙撃任務。

 狙いは南太平洋の島国。そして最初のターゲットはパプアニューギニアの首都ポートモレスビー!

 復帰第一戦の結末や如何に・・・

 ※タイトルPNGはパプアニューギニアを現地の人がPNGと略して読んでいた為。

 

舞台マップ

 

第1章:出国(日本)

2016.10.19(水)

 出国は夜間便だった・・・

 家を出たのは16時も半を過ぎてから、21:05発のポートモレスビー直行便まで十分すぎる時間があった・・・

 

 18時前には余裕をもって空港に到着、まだ開かないチェックインカウンターの場所を確認しつつやり残していた「海外旅行保険」にカウンターの女性に勧められるがまま2万円のコースで加入する。カードの付帯保険で十分だとも思ったが1ヶ月連続で有給休暇の消化を認めてくれた会社への手前、このぐらいはきっちりとやってもバチは当たらないだろう。

到着した成田空港、第2ターミナル

 

 19時を過ぎてチェックインカウンターに向かう、並んでいる者も殆どいない。人気の無い路線なのだろう。あっさりとチェックインを果たしてやることもなくなったので、直前まで持っていくかどうするか悩んでいた古いiPhone5でフリーWi-Fiを試すとあっさりと繋がった。

 最初は以前そのままのスタイルで、すべて紙ベースでやろうと考えていたが、航空券や宿の予約は既にWebですませていてその書類もPDF化している。それを端末に詰め込むだけでも十分役に立つだろうし、カメラに何かあった時はスマホをカメラにすればいい。PCを持ち歩くには重さやスペースから言って抵抗があるが、スマホは文庫本1冊にも満たないサイズだ。そう考えて持っていく事に決めたのだ。

 フライトの1時間半前ぐらいにイミグレに行き、真新しい「ブルーのパスポート」に出国スタンプを押してもらう。「これで出国だ」

 

 途中デューティーフリーで煙草をカートン買いし、発売日1日前なのになぜか売っていた「ワールド・サッカー・ダイジェスト」を買い、盛況を見せるほかのゲートを尻目に人影もまばらなエアーニューギニ(ニューギニア航空)のゲートへと向かう。そう言えば煙草も雑誌も「Suica」で買えた。この辺りも7年半の間に大きく変わった事なのか?単純に前回帰国時に気付かなかっただけなのか?そのあたりは知らない。

 20時を過ぎたあたり、一度放送が流れる、私の便は出発が遅れるという事だ。

 出鼻を挫かれる格好となるがなんといっても私は旅行界に数多い「カムエアー経験者:(ドッグファイトーⅠ )(ドッグファイトーⅡ )を参照」の中の一人だ。もともと夜間便が遅れるだけで今日中に飛んでくれればそれでいい。と割り切っていた。これが日常生活なら電車が5分も遅れようものならやきもきしてストレスを感じる筈だが、エアーニューギニという良く分からない国の航空会社のやる事だと思えば我慢という以前に当然そうだろうなと思ってしまう辺り、もう精神のモードが旅行に切り替わっている証左であろう。どうせスイカが使えるならとキオスクでコーヒーを買って喫煙スペースへ戻り煙草を吸いながら時間の経過を待っていた・・・

 

 結局フライトは22:30頃には出発、理系出身で理屈は分かるが鉄の機体が浮き上がるのは何とも納得いかない感覚だった・・・

エアーニューギニと座席についてから、ウインドウシートを選択したが乗客は半分程度しか居らず、私の横2座席は誰もいなかった。

 

第2章:PNG着(ポートモレスビー)

ポートモレスビーの地図( 国際機関 太平洋諸島センターHPからの抜粋)

2016.10.20(木)

機内食と座席の前にあるミニテレビに映った画面

 

 ポートモレスビーには6時頃到着。以前はビザ代が必要だったらしいが今はフリーで入国時に2ヶ月取得できる。予定は3泊4日、イミグレの女性が「滞在予定がこれだけでもビザは2ヶ月なのよ」と笑顔で言ってビザのシールを貼り、その上に入国スタンプを押してくれる。到着便に合わせた営業なのか?フォレックスビューロー(両替所)はオープンしていた。

 

着陸前と到着した空港で。

 

 新しい国について最初にやらなければいけないのは喫煙だ。両替は後回しにして喫煙場所を聞いたら空港の目の前の通りを渡った向こう側と言われそちらで煙草に火を灯ける。

 

 「久しぶりに吸う異国の空気」を煙草の煙に溶かして味わう。

 

 日本にいると兎角窮屈さを感じる。少ない国土に大量の人口。特に東京で働いているなら周りはいつでも人だらけだ。それに加えて「和を重んじる国民性」これも悪い事だけではないがともすれば「~すべき」ではなく、「~しなければならない」といった同調圧力に繋がり心の不自由さを感じさせる。

 それに自由といった所でそれは必ず「〇〇からの」といった物がついて回る。何かしらの制約があるからこそ自由は生まれてくる。なんの制約も無い自由は自由ではなく単なるカオス(混沌)だ。

 日本が自由の無い国とは思わないし言わない、それどころか個人の選択肢の多さ等メリットを考えれば世界でも間違いなく上位に食い込むだろう。ただ、今回私が最も欲しかったのは「その日本からの自由」だ。当然ここに来ればここのルールに従わなければいけないが、異国の空気を感じながら街を気ままに散策するのが「私が最も自由に感じる」瞬間でそれを味わいに来ているのだ。

 

 そして吸い出してしばらくした頃、予約していたロッジの車がピックアップに到着する。「デューク」と印字されたA4のプリントとロッジ名の入ったワンボックス、ドライバーに煙草吸ってお金を替えるまで待ってとお願いすると、今回の出迎えは私だけらしく、あっさりと了承される。

 少し話はズレるが今回は事前に宿をすべて押えている。一応会社の休暇中で携帯を持っていかないので居場所くらいは連絡着くようにとBooking.comを使って事前予約をして、日程表と共に会社のPCにもデータとして残していた。予約サイトに登録するようなホテルは一定以上の値段がするのは当たり前だし、現地で何軒か周りながら掘り出し宿を探すのも楽しいのだが、仕事中の休暇で来ているのでそのくらいは配慮しておいた方が良いだろう。今回の宿は1万2千円位するが、予約サイトに出てくる最安値が10000円超えるような首都で、かつそのあとの行動も考えて立地も組み合わせると必要な出費と考えていた。

 

 両替所かATMか?少し悩んでATMにする。余っても構わないとホテル代を含めて、500キナ、500キナ、1000キナと3回に分けて2000キナ(パプアニューギニアの通貨単位、大雑把に1キナ=33円程度なので3キナ=100円が目安、2000キナだと6万6千円)下す。3回に分けたのは定額表示の最大が500で手入力も出来たので最初に1500とやって弾かれ、そこで500、500とやった後に1000と試したら出来たからだ。1回の引き出しに手数料が15キナ(約500円)、3回に分けたのでこれだけで1500円程度の損失だった。それでもATMにしたのは両替所の日本円の売り買いレートの悪さからだった。多分10%は損するだろう。南太平洋の島国の特性として、事前にT/C(トラベラーズチェック)がベストと言うのは知っていたが、T/Cを作る面倒くささを考えると仕事しながらわざわざそんなことをしなくてもとスルーしてしまい。キャッシュだけ持ってきたその結果がこれだった。

 

  空港から起伏の多い地形を10分ぐらいドライブしてロッジに到着。

 

到着したレインボーツリーロッジ、左上が部屋の前、右が朝食で下がレストラン。

 

 7時には着いてしまっていたがチェックインさせてくれ部屋に案内される。機中の疲れを癒すために少し寝るか?朝食をどうしようか?悩み朝食を取ることにした。併設してあるレストランがどういうものか?最初にクオリティーを見たかったからだ。そして朝食は1000円程度と高かったが満足のいくものであった。

 

 ここで今回の第1ターゲットをポートモレスビーにした訳を話していこう。

 日本から直行便のある南太平洋の島国は少なく、その中でここをチョイスしたのは「聞いていた首都の治安が一番悪い」からだった。世界のもっとも住みにくい都市ランキングの上位を毎年ゲットしている人口40万弱のこの首都は「旅行者は単独での外出は禁止」と決められているとも聞いている。それにブログを調べても近年単独で気ままに歩いた等という話は誰も書いておらず、「親切なホテルの人がスーパー行くのにガードマンをつけてくれた」と書かれたり、ホテルの車やタクシーをハイヤーして見どころを周ったというのが定石だった。それもこれも日本では「洗い熊」としか想像できない武装強盗団「ラスカル」の存在がこの国の治安を悪くしているからだ。都市部あるあるの一つ、地方から出た若者が都会で職を得られず徒党を組み強盗と化すというあれだ。

 それを第1ターゲットとしたのは、出国直後なら日本の感覚で金を使って危険を回避する事に抵抗を感じないだろうし、それに探したブログに書かれているのは最近ではなくどれも少なくとも1年以上は前の話だった。治安が良くなってある程度の散策なら出来るかもしれない。そして何よりも私は美味しい物は最後に残す主義だ、ここが今回最悪な場所ならさっさと終わらせれば後はよくなる一方だ。街を気ままに歩きに来ているのに歩けない公算大なこの国をスタートとしたのは私なりの理由があった。

 さて食事も終えたしどうするか・・・

 一番の心配事項は治安だ。早速ロッジの受付の女性に聞いてみる・・・

 「警察が頑張ってるから今は大丈夫、治安も大分良くなったわよ。あなたの腰についてるカメラを外して何も持たず、必要な現金だけ持って襲われたら抵抗しないで渡せばOK、あと人が集まるところ、バス停の近くとかにはあまり近付かない方がいいわよ~、あと地区によっては襲われやすい所もあるのでそこにはいかないでね~」

 『スーパーは近くにあるの?歩いて行ってOK?』

 「OKよ!行くんならガードマンつけるけど今なの??」

 

 『・・・』

 

 『だっ、大丈夫じゃねぇ~・・・』

 

 プロフェッショナル・デューク東城、初日に宿沈没決定・・・

 

 予想もしていたし心の準備も出来ていたが、やっぱりその通りとは・・・

 

 と、嘆いてばかりはいられない、最低限の観光をしなければいけない。腐ってる鯛、ブランクあってもプロフェッショナルな私だ。過去のブログで読み、またロンプラでも出ているおすすめスポット3点セットを宿のトランスポートを半分ハイヤーする形(ドロップオフとピックアップの併用)で依頼する。

 私の泊まっているロッジは最近急速な発展を見せているといわれてるボロコ地区にある。街の中心のタウンと空港の中間よりやや空港よりの立地だ。通常ならタウンに宿を取るところだが、タウン地区の治安は不透明だったし、ここなら見所3点セットのあるワイガニ地区(ちなみにここは治安が悪いからホテルから出れないとガイドブックに書いてあったので宿を取るのは避けていた)にも行きやすいので敢えて選んだ場所だった。

 車の手配はあっさりと纏まり、10時に出発することになる。

 

最初の見所に向かう途中の景色

 

最初の見所、国会議事堂。精霊の家をイメージし伝統建築と近代建築を融合させたといわれている。

 

次の見所は国立博物館。無料(寄付)で中は写真撮影不可。私が本日最初の客らしく、私が入ると中の電気を係りの人がつけてくれた。

ちなみに写真は博物館横の休憩所とシアター。

実はそのそばにあったスクラップの展示の方が面白かった

 

そして最後の見所植物園へ行く道中。信号がありカウントダウンもきちんとされていてビックリ!尚、国会議事堂と博物館は近くだが少しそこから離れている。

 

植物園を周るのにどのくらいかかるのと聞いたら全周2Km程度との事なので30~1時間程度みれば大丈夫

鳥や動物も見れる

 

植物園の中にあった伝統的な小屋?横は植物園併設のカフェで飲んだローカルコーラ。まだコインの種類がピンと来なかったのでコインを全部出してレジのお姉さんに必要な分だけ取ってもらった。

 

 13時にピックアップしてとお願いしていたが中々来ず、1時間くらい待ったころ、植物園のセキュリティーが「お前が電話持ってないならかけてもらうように手配してあげるよ!」と言ってくれた直後にようやく来た。

 

 宿に戻る途中

右側が寄ってもらったスーパー

 

 宿に戻ったのは15時頃、これで今日はもう終わりだ。スーパーでキニーネ入りのトニックが買えたのは朗報だが、タウン地区を除いてもう見るものはなくなっていた・・・

 宿のレストランで食べたカルボナーラ、パスタは5cm程度の長さで太くて平たい麺だったが味はまあまあ

 

第3章:ポートモレスビー2日目

2016.10.21(金)

 あと残す見所はタウン地区だが、ポートモレスビーの予定は3泊、今日周るとすべてが終わってしまう。それにタウン地区を見るのには別の目論見もあったので、ロッジでがっつりのんびりして、午後になってから気になっていたこの国最大と言われるショッピングモールへまたホテルのトランスポートを手配していく事にした。

道中

Vision City(右)、左は道路の上にあるショッピングアーケードが気になって撮影

駐車場、地下駐車場もあった。

ララポートやイオンモールといったイメージ。かなり大きく近代的で中にはドローンを売っているお店も入っていた。

 

中にはフードコートがあってそこで食べたカレー

 

 

 14時について2時間くらいみたいので16時に迎えに来てと言ったら予定通り17時に迎えに来てくれた。

 

ヴィジョンシティーのスーパーでかったお菓子とパン、これが夕食。

 

 宿に帰ってもやる事は無い、荷物を整理したりしながら時間を潰して時が過ぎるのを待つだけだった・・・

 

 

第4章:タウン

2016.10.22(土)

 この日は一転して宿を変えることにしていた、もちろん日本からBooking.comで予約済みだ。

 タウン地区の観光を敢えて2日間しなかったのはそのホテルがそこにあったからだ。

 

 朝09:30チェックアウト、ロッジのトランスポートでタウン地区に向かう。

 

道中の景色、海沿いにある有名なコキマーケット付近。

 

 

左は魚市場らしいが今日はお休み、そして右が泊まったホテル、海が目の前

 

部屋の中は綺麗でプールあり、ビーチリゾートホテルで1万5千円位する。

 

 

 街の中心からほんの少し外れた(5分も歩けば中心部に着く)このエラビーチホテルを選んだのはこの近辺で一番安かったからだけでなく、ツアーデスクがあったり空港送迎サービス等も充実していたからだ。それでも最初の2日間避けたのは持っていた2012年版のロンプラ(ロンリープラネット、英語版の旅行ガイド、日本でいうと地球の歩き方のような物だが地球の歩き方にパプアニューギニアは無かった)に目の前のビーチも潜在的に安全でないと書かれたからだった。

 

 チェックインして素晴らしく綺麗な部屋に荷物を置き、少し時間をおいてから受付に向かう。

 この辺りの安全情報の確認ともう一つ、ここでどうしても見たい場所がり、最悪有料で個人ツアーを組んででも行こうかと考えていたのでそれを聞くためだった。

 その場所は「パガ・ポイント」、ロンプラにパガ・ヒルという街から見て半島の突端側にある丘の上からは街と港と海が見える絶景ポンインと書かれていたし、アマゾンで日本語でパプアニューギニアの旅行用資料は無いかと探して中古本として買った2003年度版の昭文社の個人旅行(ニューカレドニア・フィジーメインのガイドブック)にもビューポイントとして載っていた。

 街を散策するのも好きだが全景が見える場所は大好物だ。この丘はロンプラには一人で行くなと書かれていた場所でもあったが、せっかくここまで来たのなら是非見てみたい場所だった。

 受付に行き治安を確認すると日中は大丈夫、だけどホテルから街の反対側は一人で行かない方がいいわよと結構あっさりとした回答だった。ビーチは?と聞くとそこもセーフとの事だ。

 『よしっ・・・』

 残る1点はパガ・ヒル、ここも聞くと大丈夫とのことだったので、じゃあ行き方は?と聞くと、受付嬢に代わって俺が教えてあげるよと親切なセキュリティーが説明しようとしたのだが、この先が混乱させられる。政府の発行する都市の観光地図では丁度街の西端とこのパガ・ヒルの丘の裾野辺りで地図が切れてなくなっており、彼も良く分からなくなってしまっている。「ディテール(詳細)が書かれた地図があれば・・・」と呟いているが15分程度あれこれ資料を探したり説明してくれたりしようとしてくれたが結局はどこから登ればよいかは分からず終まいだった。

 まあいい、とにかく「安全らしい」し、外に出て街に向かえばすぐに見える丘なのでなんとかなるだろう。それに街歩き、海外に来て3日目、ようやく自由に歩ける時が来たのだ。

 私はホテルを出ることにした。

 

目の前のビーチ

 

 

 海岸沿いの通りを歩いていると話しかけてくる現地人がいる、ハイランド地方から職を求めてこちらに来て暮らしているそうだ。ついでなので「パガ・ヒル」を聞くとどっからでもいけるんじゃない?との事だった。

 2本目のT字路で右に曲がり街の中心に向かう。

曲がってすぐにある「セント・メリー・カソリック教会」。門構えが印象的

そして左は銀行で右は街の中心の通り

 

 

 そう言えば今日は土曜日だ。賑わいを見せるビーチと街の中心は一変し、人影はまばらで明らかに失業者と思われる人間がビルにもたれかかりながら地面に座り込んでいる姿を時折みかける程度だ。アフリカの中部や南米の一部などは平日仕事をしていて休みになると強盗に変化する「ウイークエンド強盗」みたいなのが居る国があったが、雰囲気を見ているとここもそんなのがいてもおかしくなさそうな感じであった。用心しなければならない。

 タウン地区の中心部といっても一周に10分もあれば出来るコンパクトさだ。全部見るのは少し後回しにしてパガ・ヒルを探すことにした、大通りを西に少し緩やかな傾斜のある道を上がって直ぐに突き当たりにでるとその角で地元の人間10人くらいたむろっていてまた小さな屋台も出ている。危険さはどこにもない。そこのおばちゃんに『パガ・ヒル?』と聞くと「あっちよ!」と丘に続く道路を示される。熱帯の沿岸部特有の暑さは体に堪えるがその道を上りつつ、丘の頂上に至るルートを探して歩くことにした。

 

頂上に続く景色

 

 

港側

 

 一本道化と思いきやそうではない、途中で行き止まりにぶつかり戻る羽目になる。それに頂上にいけないようにフェンスが張られている場所もある。道に人影は無いがセキュリティーがいるやや立派な建物の人に道を聞きつつどうやったらと考えながらあるいていたら道の途中にある建物の横に丘に登れそうな歩道が有りそこのフェンスが開いている事を発見する。

 建物に子供が3人座り込んでいたので『ここ通れるの?』と聞いたら「行けるよ!」と簡単にこたえられる。フェンスや行き止まりを見続け、物理的に見れないなら仕方がないかと諦め始めていいた頃だったのでこれは渡りに船だった。

その建物と間の歩道から入って振り返って撮影した景色。

 

 

 ここに来れれば頂上まで後少しだ。もう妨げる物も無い。

街の中心部、すごいコンパクトさ

 

 

登っている途中の景色

 

 もう頂上まで目の前だ。

 すると突然脳内に今迄聞いたことの無いフレーズがリフレインされる

 

 「ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!」

 

 子供が大好きなアイスクリームを買ってもらった時に、意味もなく「あいすくりぃむぅ~」と絶叫しているような、そんな感じだ。

 

 「ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!」

 頭の中に鳴り響くリフレインは止むことがない、そうこれが旅行者あるあるの一つ「壊れた」という瞬間だった。

 頂上へ抜ける歩道に入ってからまったくの無人だ、ここで襲われても誰も助けてはくれない。だが、7年半振りに出た海外で最初の2日間は自由行動出来ず、ストレスをため込んでいた末の解放感。犬が餌を目の前に2日間お預けをくらってようやく食べて良いとご主人様に命令された時を想像して貰えれば、普段は冷静沈着を持ってなり「マシーン」とまで称された私が壊れたこの心情も理解出来よう。

 

 そしてついに頂上が見えてくる・・・

 

 

 「ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!」

 

 世界に4大ギニアあり、アフリカにあるギニア、ギニアビサウそして赤道ギニア、そして「住んでいる人たちがアフリカのギニア人に似ているという理由で国名を新しいギニアとスペイン人に名付けられた」このパフア・ニューギニア。私に残されていた4大ギニアの最後のギニア、その首都狙撃のクライマックスを今迎えつつあるのだ!!

 

 「ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!」

 

山頂からの景色

 

 

 「ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!」

 

 ついにたどり着いた山頂、危険と言われるポート・モレスビー、一部とは言え、そこを一人で気ままに散策し、一人で行くなと書かれている丘も制覇する・・・。調べた限りでは近年ここをフリーに歩いたツーリストの話は知らない、プロフェッショナルな私だからこそ余人には出来ない偉業を成し遂げたのだろう。(※こう書いてますが現地の人は普通に町を歩いてますしバスにも乗ってます。尚、道に迷わなければ街の中心から20分もかからない距離です、私が探せなかっただけで何人もやっていると思われます)

 丘の上から鉄塔を眺め、そしてのんびりと煙草に火を灯し、その煙と頭の中の鳴り止まない「ピー・エヌ・ジー」コールをBGMに7年半ぶりの自由を満喫していた・・・

 

 「ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!ピー・エヌ・ジー!ピー・エヌ・ジー!ピッピ、ピピピピ、ピー・エヌ・ジー!!」

 

 そう、旅の序盤のハイライトをここで迎えていたのだ・・・

 

 

 

 そしてその30分後・・・・・

 

 何故か街中の警察署に連行され、職質されている不自由この上無いプロフェッショナルの姿がそこにあった・・・

 

 『うむぅ・・・』

 

第5章:パガ・ヒル

 話はほんの少し前に遡る。

 山頂を制覇し、岬の突端を眺めると工事の真っ最中らしく樹木はほとんど伐採された禿山になっており、ドーザーやトラック、それに現地の作業者も10人以上は目にすることが出来る。

 「ラスカルの危機は無い」

 それはそうだ、まさに工事中といったこの場所でわざわざ強盗をやらかすメリットも無い、私の安全は確保されたも同然だ。すると次に考えるのは下山のルートだ。トラックが来るぐらいだから道はある。同じ場所を戻るのは芸がない、街とは反対側の岬の突端側に降りて街までぐるっと回って帰れば丁度良いだろう。

 工事中の砂利道を下りながら写真を撮りつつ、作業者に『道路に出るのはどっち?』「あっちだよ~!」とやり取りしながら下っていく。少し下り始めた頃、中国の会社を示す看板を目にしたので『ここも中国資本がはいっているのか・・・』等と感心して、パチリと一枚写真を撮る。その時状況が一変したのだった。

 「お前、今写真を撮っただろう、こっちに来い!」

 私の所から10m位上にある、15人ぐらいはいた作業者たちの休憩所から黄色いビブスをつけた現地人が私に声をかけてきた。

 来いと言われて行くバカはいない、用事があるのは向こうでこちらには何も無いからだ。

 『俺は観光客で下の道路に出るところだ、用があるならまずお前が来い』

 と撥ね付ける。すると「そこに居ろ!」と直ぐに下りてきて私にこう伝えてくる。「Paga Hill」「Security」と胸にプリントされた彼は明らかに怪しい者ではない。

 「ここは立ち入り禁止区域で立ち入るのも写真を撮るのも許可がいる、お前は許可証があるのか?」

 というのがその話だ。

 こちらはただの旅行者だ。そんな物は知らない。

 それを素直に伝えると「カメラを渡せ」と言ってくる。

 そちらの要件は分かったがカメラを渡す訳にはいかない。ややもすると力づくで私からカメラを奪おうとする彼をこちらも無理やり引きはがし、『そちらの事情は分かったし、それなら君のいう事も理解できる、君にカメラで何を取ったか見せて、撮っちゃいけない物を消すことはもちろん出来るけどカメラは渡せない』と伝える。

 すると「分かった、君の言っている事だけでそれが本当かどうか分からないから警察を呼んで調べてもらうことにする」といって電話をかけた。

 上から作業者が顛末を見守る中、彼をどうにかして離脱するのは愚策だ。

 以前行けてた場所が何かの事情があって立入禁止になっている事に気付かずに入り込んだ旅行者がその場所で拘束される。旅行者あるあるの一つなのでまあ仕方がないだろう。

 電話をかけ終わると木の下にあり、屋根も何も無い休憩所に一緒に行き、サービスの良い事に椅子を出してもらってそこに座って煙草を吸いながらパトカーの到着を待つ。俗にいう軟禁状態だが、暑い中歩いて下りるのもかったるいからパトカーで戻れるならそれはそれで悪くないかもしれない。

 15人くらいいた作業者は、セキュリティーと私のやり取りを聞きながら「ほぉ~!」と感心ばかりしている。いやいや、俺が道を聞いたときに「ここは入っちゃだめだよ~!」と誰かが言ってくれればこんなことになってないのに呑気なものだった・・・

 

 真新しい白の4WDパトカーは15分もしないで到着。優秀だ。

 パトカーは2人の警察官とよく分からない現地人が後部座席に一人。そしてその横に「署で話を聞くからここに座って」と乗り込んだこのプロフェッショナルの4人で出発。それに先ほどのセキュリティーが自分の車で着いて来る格好だった。

 パトカーの中の会話も「以前はあそこにも観光客が来てたけど今は中国資本が入って立入禁止になったんだよ~」、とか「君は知らないで行っちゃたのか?ならしょうがないねぇ~」等とのんきな物だった。

 そして街中の先ほど写真で載せた教会の近くにある署(といっても平屋建ての小さな物)の中の部屋に案内され、そこで簡単な職質と、パガ・ヒルのセキュリティーと警察官立会で撮った写真で映していけなかった物を消去させられた・・・

 

 というのが事の顛末だった。

 

 写真を撮ってはいけない場所で撮影していたのを見咎められ、警察に連れていかれて職質される。これも旅行者あるあるの一つなのでまあ仕方がないだろう。

 残念ながら今回に関しては私に正義と呼べるものは何一つなかった・・・

 

第6章:もう一つの丘

 「君のパスポートのコピーがいるんだ」

 警察官の内の年配の方が私に伝えてきた。ホテルにあると返答するとホテルまでパトカーで行ってくれて、パトカーで颯爽とエントランスに降り立ち、ホテルのセキュリティーに「I’m not a criminal(私は犯罪者でない)」と笑顔で言って中に入る。直ぐにコピーを手に取って戻って渡し、また署に戻る。そうこうやっている最中に、警察官から私にこう申し出があった。「あそこの丘は残念だったからもう一個の丘にパトカーで連れてってあげるよ」というのがそれだ。

 署にパスポートのコピーを置いてからまたパトカーに乗り、その丘を目指す。「一つがダメならもう一つってね。」フレンドリーな警察官は陽気にこう話しかけてくる。

もう一つの丘に行く途中で見た日本大使館、間違えてアートモードで撮影

 

 

 目指す丘はトグバ・ヒルという場所だ。

トグバヒルから見たポートモレスビー

 

 

 ここが一番よく見える場所だよと案内された場所は民家の横だった。左は街の中心部、右は郊外の水上邸宅

 

 

 「あれがさっき君が捕まった丘だよ~!」

 などと彼らはどこまでも呑気だ。『仕事はいいのか?』等と思ってしまうがまあ良いのだろう。

 丘からの景色を楽しんだ後、「ホテルに戻るかい?」と聞かれたが『警察署でいいよ、まだ街も全部見てないしね』と答えてさっき職質をされていた警察署で下してもらうことにした。

 そういえばと別れる前に一番確かな警察からの情報を得ようと『今は治安は大丈夫なの』と聞くと「大丈夫だよ、今君がやっているみたいに腰につけてるデジカメはシャツで見えないようにして現金も必要最低限にして、バス停なんかも近付かなければOKだよ~」と返答される。

 

 『・・・』

 

  『やっぱり大丈夫じゃなかったのね・・・(涙)』

 

参考までに後付けしたルートマップ。

護送ルートとトグバヒルはうろ覚えなので間違えている可能性大

また地図ではまだパガヒルの南側に緑が多いが実際はもっと禿げていたと思う。

 

 

 

 といっても始めたことは仕方ない。少なくともタウンの中心部の日中は安全らしいしすぐに終わるから残りを見ることにした。

 

タウンの景色

 土曜日なのに開いていた小さなショッピングセンターのフードコート(2軒しか入ってなかった)で食べたカレー

タウンの景色

 

 

 さっきつかまっていた警察署はこの写真の中央付近

 

 コンパクトなタウンの観光を終え、海沿いを歩きながらホテルに戻る

海沿いの通りのゴミ箱とカラオケの看板、間違えてアートモードで撮影

廃機関車のモニュメント?

海ははっきり言って汚い

 

 午前中に出ていたおかげで15時前にはホテルに戻ってしまう。

 エラビーチホテル、アイロンとアイロン台があってテンションが上がる。もちろん使用した。

 

 

 最低限必要な物は見た。あとはのんびりするだけだった。幸いなことにホテルはフリーWi-Fiで持っていたiPhone5で次の予定先のことを調べたり、どうでもいいWebを眺めたりして過ごしていた・・・

夜は評判(古いガイドブックに美味しいと書いてあった)のピザ、右はスーパで買ったチョコ。い赤と茶色の奴は高かったけど美味しかった。

 

 

第7章:出国(エピローグ)

 ホテルの朝食は6:30から、キナが余っていたので何か食べてもと魅力を感じていたが、朝の便だったので、ぎりぎりまで部屋でのんびりして7時の無料シャトルバスで空港に向かうことにした。

道中の景色、宿から出てすぐ

昨日ちゃんと撮ってなかったので車中から警察署を。

街から空港まで

 

 10時発予定のエアーニューギニは順調に2時間遅れで出発。

 

待ち時間が長かったので空港でついついとった軽食、と離陸前の飛行機

 

 

 やがて私は機中の人となり、ポートモレスビーが遠ざかっていく。

機中から眺めたポートモレスビーと付近の島

 

 

 久しぶりに再開した新首都狙撃任務、フォースン・ミッション、ザ・レスト・オブ・ザ・ワールド・・・

 初日2日は自由に動けず、3日目は立入禁止区域に入って警察に連行され、その警察車両で観光するというおまけ付きであったがそれも「旅行者あるある」の一つに過ぎないだろう・・・

 そう、ブランク明けの最初の狙撃、危険と噂されるポートモレスビーではあったが、ここもいつもの私通り、何も無い平凡な旅行がその幕開けとなったのだった・・・

 

おまけ写真に機内食

 

 

 

 






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    9月以降は次回旅行の準備のため、「東欧見聞録」はしばらくお休みします。

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    2017.08.31
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    東城 皇司

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