第29話 餓島戦線異状無し(ホニアラ:ソロモン諸島)

Category: 激闘の記録!

あらすじ

舞台国ソロモン諸島

 7年半のブランクを全く感じさせないままパプアニューギニアをパーフェクトに抜け、旅行者としての完全体を取り戻したプロフェッショナル・デューク・東城。

 次の標的は2次大戦中その様相の凄まじさから”餓島”とも評されたソロモン諸島の首都ホニアラのあるガタルカナル島!

 だが、困難が予想されたその島もこのプロフェッショナルにとってはただのよくある島国の一つでしかなかった・・・

舞台国ソロモン諸島マップ

 

2016.10.23(日)

  パプアニューギニアの首都を後にして次に向かったのはソロモン諸島の首都、「ほにゃらら」と言えば故山城新伍氏だが「ホニアラ」のあるガタルカナル島だった。

 ガタルカナルと聞けば日本人の大半が「タカ」と即答するだろう、そんな場所・・・じゃなかった、第2次世界大戦で旧日本軍が激闘を行った場所としても有名で、2次大戦で上陸した者の3万人強の内、撤退出来たのは1万人強、戦死は約5千名、そして餓死、戦病死が1万5千名と戦死者の3倍もあるその凄惨さから餓島とも言われていた島だ。

 

 2時間遅れた飛行機は15時に空港に到着

 

 過去の死闘が嘘のように広がる青い空と、そして空港自体が歴史といわれるホニアラ国際空港と名を変えた旧ヘンダーソン国際空港は1国の国際空港というより田舎ののどかな空港といった趣だった。

 知らず知らずのうちに頭の中にw-indsのBackstage(Official Pageより、こちらが歌詞)のメロディーがヴォーカル「KEITA」のファルセット(歌手が特に高いピッチ(音高)に対応するために作り出す声色、裏声みたいな感じ)と共に流れてくる。「都会はいつもヒートアイランド、幕開けの証拠~」

 日本に縁深い場所であるが、私は慰霊に訪れているわけではない、私がここに来たのは所詮は物見遊山、ただの観光というヤツだ。

 人のそれほどいない空港の目の前に広がる心を解放させるかのような、どこまでものんびりとした風景がこのヒートアイランドの幕開けだった。

 

機内から上空の景色と到着した空港

 

  パプアニューギニアでのウォーミングアップを完璧に終え、自分の旅行の雰囲気とペースを完全に取り戻している。ラオウで言う所の傷は癒えた状態だ。

 

 まだ明るい時間帯、空港の観光案内所はオープンしており、両替所も開いている、私の持つ古い昭文社のガイドブックにはATMが空港に無いと書いてあったが、これもツーリストインフォから「あっちにあるわよ~!」と教えてもらって場所も確認する。ソロモン諸島はソロモンドル(以下Sドルと省略)という独自通貨だ。日本から準備していたのはユーロ、ドル、オーストラリアドルの3種類の現金にキャッシュカードとクレジットカード。これだけ揃えていたらお金に関する心配は要らない。そもそもサード・ミッション以前は貯金を切り崩して旅行していたのが今は在職中の休暇だ。「薄給の美中年」と呼ばれ、日本社会で言えば底辺の中間ぐらいの稼ぎしかない私でも短期の旅行なら十分に堪えられる貯蓄もあるし失っても帰ったら仕事が待っているので給料も入ってくる算段だ。スペースコブラで「男が文無しで見知らぬ町をうろつくことぐらいみじめなものはない」というセリフがあったが、このプロフェッショナルに関しては万に一つもそんな可能性は無かった。それにコブラは記憶を無くしていたが私にははっきりとした記録と、そしてここが168ヵ国目となる豊富な、というか通常ではあり得ない程の莫大な経験も積んでいるのだ。

 

 

 確認事項が終わったら、先ずは落ち着くことが先決だ。空港を出て喫煙所を探すと道路を渡ってすぐにハット型の開放された旅客や待合客用の休憩スペースがある、そこでくつろげそうだった。

 「トランスポートはいいのかい?」等と声をかけてくる、全くしつこくないタクシーのドライバーに「バスで行くからいいよ~」と笑顔で答えながらそこに向かう。

 空港からホニアラまでは12km、パプアニューギニアでは、ホテルの送迎頼りだったが、空港からタクシーで行くよりバスを捕まえて行き、出来れば歩いて、無理なら市内からタクシーの方が遥かに安くつく。Booking.comで予約した宿は市内の中心からやや離れていたし、ガイドブックにも出ていなかったが、そこも用意周到で抜けの無い私だ、google mapで詳細な位置を調べて画像でiPhone5に落とし、距離としては中心から2km程度と掴んでいる、中心から歩いても30分位だろう。それにもちろん宿に見せれるように予約確認書を紙ベースで持っており、さらに端末に落としているのでタクシーならこれを見せれば事足りるのだ。本当は市内の中心に宿を取りたかったが次の航空便の都合でここには5泊しなければいけない。Booking.comで調べる限り中心の宿はすべて1万円を超えており、やや離れてしまうが歩けなくもない距離にあるこの宿が7千円弱とこの付近で一番安かったし、、街まで出るのに多少不便でも見たい物を見る時間は十分とれるから問題ないと考えてここに決めていたのだ。

参考までにガタルカナル島とホニアラ、そして私の宿のマップ

中心部はこちら( 国際機関 太平洋諸島センターHPからの抜粋)、私の宿が外れているが分かる。

 宿までの道のりをシミュレーションしながら、煙草を吸い、荷物の一部を出す。

 「マラリアの存在」

 肌の露出部分に持ってきた虫よけスプレーを耳の裏など忘れがちな部分もしっかりと押さえて丹念に塗り込んでいく。そしてそれを塗り終えたら今度は「日焼け止めクリーム」をさらにその上にコーティングしていく。15時を過ぎ、今日やる事は宿に行って泊まるだけ、そんな状況で通常、到着直後にここまでやる旅行者はいない、ただ「兎は獅子を狩るにも全力を尽くす」という諺にあるように、完璧主義者としてディテールの中のディテールまで追求するからこそ、私は旅行界で「唯一、プロフェッショナルを名乗る男」と言われているのだ。

 途中私を心配したのか?人の良さそうなおばさんが「一緒に街までいってあげるわよ~」と声をかけてくれたが、『ありがたいけど折角だからバスで行ってみるよ~』と、笑顔で答える。

 気付けば到着ロビーに出てから30分経っていた・・・

 セットアップは完璧だ、防虫対策、日差し対策もバッチリ決まっているし、街に出るイメージもまとまっている。そろそろ動き出す頃合いだろう。

 空港のロビーに入る時、「おっ、どうするんだい?これに乗っていくかい?」とどこかの旅行代理店かホテルの名前がプリントされたシルバーのワンボックスの別のドライバーが話しかけてきたが、『お金下してバスで行ってみるよ~』と軽く答えてATMに向かう。

 両替所か?ATMか?通常空港の両替所は街中に比べてレートが落ちるし、それにパプアニューギニアと同様、現金からの両替はこの国もトラベラーズチェックに比べて10%程度も損失を出してしまう。5日間いるこの国でどうするかは悩みどころだったが、その後の旅程もまだ長いのでキャッシュを切り崩すよりはATMの方が良いだろう。私の使っているのは以前と変わらす新生銀行のワールドキャッシュカード、ここの口座の自分の貯金から直接引き落とせるタイプだ。それに海外でATMなんてイージーだ、「Withdrawal(引出)」を探して数字を入力するなり定額を選択するだけの事、英語が出来なくてもキーワードさえ押さえれば誰だって出来る。

 ATM前で何やら話し込んでいた若い白人のカップルは私をみつけると「どうぞ~」と場所を開けてくれる。

 『さてと・・・』

 カードを挿入し、入力画面に沿って手順をすすめる、見ると「Balance Inquiry(残高照会)」の表示はあるが「Withdrawal(引出)」が出てこない、一度残高照会してから引出す得体の知れないパターンなんだろか?

 2,3度試し、残高紹介で出てくるレシートを眺める。

 『良し、ソロモンドルの残高は十分だ、車の一台が中古で買えるぐらいはあるっ!!』

 『・・・』

 『・・・・・・」

 『じゃ、なかった・・・』

 空港に一つしかないここのATMはどうやらダメらしい。しかし、こんな時でも慌てる事は無い。両替所が開いていたのは確認済みだ。現金レートの悪さはしょうがないので必要最低限の両替が出来ればよい。何かする時、常に2つ以上のオプションを持ち、一つがダメでももう一つを選択する。状況の読めない海外でこの程度の備えをするのは「ツーリストの鉄則」だ。

 『やれやれ・・・』

 私は肩をすくめて両替所に・・・

 『・・・』

 『ほりょっ??』

 『あっ!もう閉まっている・・・』

 そしてその近くのツーリストインフォも当たり前のようにクローズ・・・

 

 『あうっ・・・(半泣き)』

 

 両替所から少し奥にいった所に「フォレックスビューロー」と両替所と同じ看板を掲げた事務所らしき物がある、まだ人もいる。『助かるかもしれない』と希望が芽生える、だがそのスタッフに問い合わせると「ごめんね~、もう閉まっちゃっているんだよ~」とつれない回答が・・・、そしてとどめを刺すように「この国のATMは引出せない時にもあるから気をつけてね~」と助言まで頂く。

 

 『と、時すでに遅し・・・(悔)』

 

 「男が文無しで見知らぬ町をうろつくことぐらいみじめなものはない」

 コブラのセリフが頭の中に浮かんでは消えていく・・・

 

 だが・・・

 通常の用心深い旅行者なら鉄則である第2のオプションまでなら当たり前のようにやってのけるだろう。しかし、私はプロフェッショナルを名乗るツーリスト、ただの用心深い旅行者と一線を画し、第3,のオプションまで用意しているのだ!!

 

 外貨現金の存在!!

 

 空港のタクシーは受け付けてくれる所が多い。そもそもソロモンドルなんてソロモン諸島に行かない限り一生聞くこともないようなマイナー通貨よりも遥かに強力なキャッシュなのだっ!それをドル、ユーロ、オーストラリアドルそ装備している私は今、無敵のツーリストだ!

 「切り札は最後までみせない」、銃として使用するサイコガンのカバーである義手を飛ばして相手を倒す海賊コブラさながらの奥の手が私にはあったのだ。

 

 この際だから損することはどうでもいい、もうそろそろ16時になりかけている。街につくのが遅くなりすぎるのも上手くない。

 空港の外へ出て待ち受けのタクシーを・・・・

 『だっ、誰も居ない・・・』

 『・・・』

 『き、切り札不発!!!』

 『ぎゃっ、ぎゃふん(涙)』

 

 って、ことは・・・

 私は「3-Way バッグ」という、「コロコロ」とも呼ばれる背負える車輪付きのバッグで、バックパッカーと一線を画し、エレガントにその殆どを旅行してきた。だが、今回は短期、南国メインで荷物も20Kgいかない程度と分かっていたのでいつも使うバッグを敢えて買わず(大体1年の旅行を一回すると車輪が壊れて使えなくなるので最後に使用した物ももう壊れて捨てていた)、セカンドミッション・プラスワン(シルクロード横断)で使用した「ミレーのトラベルバッグ(※バックパックだが、山用ではなく旅行者に利便な様に観音開きが出来るもの)」を持ってきている。

 『え~っと、街まで12kmだから・・・』

 自足で時速4kmで歩いて3時間、この20kgを背負って・・・

 

 残された最後の手段・・・

 

 ウォーキング決定!!

 

 『うぇ~ん・・・(大泣き)』

 

 しかも予定通り到着していたら歩いても17時には街に到着していた筈が、今から歩き始めたら19時にはなり、暗い中徘徊する羽目に・・・

 だが、これ以上ここに居ても何も出来ない。全てを諦めて空港から出て街に出ることにした・・・

空港を出て前にある大通り、ホニアラまで繋がっている。右は空港の入口

 

 『歩いてさえいれば何時か着く』

 それは分かっているが南国特有の暑さが私の体に容赦なく降り注ぐ、頭の中に流れてくるのは「男が文無しで見知らぬ町をうろつくことぐらいみじめなものはない」というコブラのセリフと、Backstageの「SPFじゃ量れない~、今年は断然異常~」というKEITAのファルセットだった・・・

 南半球の季節は初夏だが、明らかに旅行者と見られる男がバッグ一つで見知らぬ町(といかどローカルな幹線道路)を文無しでうろつく姿は確かにSPFじゃ量れない、今年一断然異常な姿だった・・・

 『お、お金ならたっぷりあるのにぃ~(号泣)』

 通行量がそれなりにあり、時折市内に行くであろうミニバスを尻目に舗装されたきれいな幹線道路の横の不整地な所を道路に沿って歩いていく。舗装道路をそのまま歩きたかったが片側1車線の計2車線、幅も広くないので通行量からいってそれも危険だった。

 Backstageの「コンバーチブルで行こう~」が響いてくるが、こちらは「二本足で行こう~」という、エレガントなツーリストを欲しい儘にしてきた私にはあるまじき姿だ。

 

 「ブランク?」、傷は癒えている。「油断?」、このプロフェッショナルに限って一ミリの油断すらあり得ない、となると・・・

 KEITAの声がまた心に響いてくる、「心は完全Naked 、日差しの悪戯~」

 『こ、これか~!!日差しの悪戯ってヤツか!!』

 そう、全てはそのガタルカナル島の初夏の陽気からくる日差しの悪戯だったのだ!!

 

  と、原因が分かった所で状況が好転する訳ではない、むしろ一歩一歩毎に日差しに悪戯されて悪化していく一方だ。

 背負った20kgの重量はそれほどでもない。ただこの日差しと、それ以上に「男が文無しで見知らぬ町をうろつく」、それを今、あろうことかこのエレガントなプロフェッショナルが体現しているという惨めさが精神を蝕んでいく・・・

 

 『う、うわぁぁぁぁ~ん(絶賛号泣中)』

 

 歩き始めて30分に差し掛かろうとしたころだろうか?空港で見たシルバーのワンボックスが私を追い抜き、そして停車する。

  「おい、街までいくんなら乗っけてくぜ!」

 『えっ?ナッ、ナンパ??』

 助手席に1人、後部座席に1人、相手は3人だ。ってことはまさか・・・・

 『監禁してレ、レイプッ??』

 

 と、いうような雰囲気でもない、私を街まで連れて行こうとしているようだ。

 

 『ソロモンドルが1文も無いんだ・・・、街まで歩いていくよ・・・(下を向き唇を噛みしめながら)』

 安易に話に乗るのは危険だ。武士は食わねど高楊枝、プロフェッショナルは文無しでもエレガント。その矜持を見せるのは今だ!

 「心配しなくていいよ、送ってあげるよ~!」

 『・・・』

 『へっ?本当に・・・』

 彼らを信用できるのか?乗ったが最後、到着してから「100ダラー」なんて法外な請求をしてくるのはよくある手段だ。

 「どうせ街まで出るしね、金なら要らないから気にしないで。」

 『い、いいのっ!』

 信用するかしないのか?過去の豊富な経験を元に、私の中のコンピューターが猛烈な勢いで回転を始める。

 『あっ、ありがとぅ~!!!(歓喜)』

 南国特有の人の親切さに賭ける、完璧な計算の元に出した答えがこれだ。ただ単に『歩くのが面倒くさい』という理由で決めた訳ではない!!

 えっ?その計算式って?企業秘密があるようにこのプロフェッショナルにも秘密はある。残念ながら今回は明かせないがそれはご容赦いただこう。

 

 とりあえずワンボックスに乗り込んでいく。

 「どこに泊まるんだい?」

 後部座席の男の質問にPDFの書類を見せながら『タヌリ ロイヤル プレインズ モーテルだよ』と答えると「それなら丁度そいつを下ろす所の近くだからそこまで行ってあげるよ!」と、ドライバーが明るく申し出てくれる

 『か、神様・・・!(嬉し泣き)』

 捨てる神あれば拾う神あり、両替出来ずに文無し状態でトボトボ歩くツーリストには逆ヒッチしてくれる親切な現地人あり!!だ。

 ATM、両替商、空港のタクシーと煮え湯を飲まされ続けてきた私にまだ『最後の運』は残っていたのだ・・・

 「慣れてるツーリストなら普通はホテルのピックアップを予約して迎えに来てもらうんだけどねぇ~」

 とドライバーは明るい、ふと宿の予約のPDFを見ると「有料送迎サービスあり」の文字も書かれている・・・。

 『!!!!!(悔)』

 いや、み、見落としていた訳ではない、もともとお金を下して公共バスで街に出てそこから宿まで歩くつもりだったのだ!

 途中で「ここから日本軍の記念碑まで近いよ~」等と言って後部座席の男を下し、山道を走りながらタヌリに到着。「気を付けてね~、良い旅を~」と送り出す彼らに名前も名乗ってなかったので「俺はデューク、日本人だ、ありがと~!!」とお礼を言って下してもらう。

 

 到着したのは16:30時、悪くない時間どころか、最初の計算通りと言ってよいだろう。

 

 受付の若いお姉さんに書類を見せてチェックインし、荷物を置いてもう一度受付に戻る、PDFにはオーストラリアドル払いと書かれていたがそれで良いのか?確認するためだった。

 「支払いはソロモンドルになるけど・・・、あなたの料金がいくらになるか私では分からないからボスに聞くので後でいいわよ~」

 予約確認書での料金表示はオーストラリアドルとそれを換算した日本円だけしか載ってなく、支払いはオーストラリアドルと書かれているがここはソロモンだ。ソロモンドル払いはおかしな話ではないだろう。ただ、それが幾らか分からなければ金の下し様も無い。

 『うーむ・・・』

 逆ヒッチでここまで来れたとはいえ「文無し」という状況に変化はない。銀行は閉まっている時間だろうけど両替商ならどこか開いているかもしれないし高級ホテルならレートが悪くても両替してくれるだろう。それに空港にATMがあるなら街中にない訳がない。

 

 キャッシュカードと両替用にオーストラリアドルを少し持って街に出ることにした。

 

タヌリ ロイヤル プレインズ モーテルとその付近の道路。

 

 このモーテルは少し不便な位置にあり、まずタリセというミニバスがストップするポイントまで5分位歩き、そこから坂を下って海側の通りに出て、そこから街まで出なければならない。Google Mapを見ただけではこの勾配までは計算できなかった。

 

タリセ近辺

坂を下る途中に墓地があった

 

 到着した初日、土地勘はまだ養えて無いが通りに出たら西に向かうだけなのでそんなに苦労は無い。

 

坂から大通りに出るあたりと大通りに出てすぐにあるセント・バーバーナス、アングリカン大聖堂。大聖堂と言いうレベルではなかった。

 

 大通りを歩いてほどなくマタニコ川に差し掛かる、ここを越えれば市内はすぐというポイントだ

マタニコ川、右側の写真の向こうは海

 

 市内に入ると大通りを歩きながらATMを探す、一本道を挟んだ両側がこの街といってよいぐらい、この通りにすべてが集中している。これなら何を探すのも簡単だ。だが・・・・、お店で開いてるのは明らかに中国人経営とみられるショップが点々としているだけだ・・・、この謎は一体・・・

上は街の入口の目印となるマーケットの縁、左下は街の中心部の雰囲気、右下はマーケットの入口付近

 

 頭の中に「ビューティフルサンデー(オフィシャルな動画が探せなかったので歌詞だけ・・・)」が浮かんでくる。「さわやかな日曜、降りそそぐ太陽、ヘイヘイヘイイッツアビューティフルデイ・・・」

 『・・・』

 『今日は”すば すば すば 素晴らしいサンデー”だった・・・(涙)』

 

 両替所は諦めてATMにすべてを託す、空港のお兄さんが「この国のATMはあてにならないよ~」と教えてくれた通り、最初に試したATMの2ヶ所は「Balance Inquiry(残高照会)」の表示しかされなかったが、3件目でようやく「Withdrawal(引出)」が出来るATMを見つけ、一気に引出しソロモンドルをゲットする。

 『ふぅ~(安堵)』

 これでようやく文無し状態は解消だ。

 時計を見るともうそろそろ18時、日も落ちかけ周囲も暗くなり始めている。そろそろ食事でもと思って周りを見ながら歩いても日曜なのに開いてるローカルレストランも殆ど見かけてない、金はあるけど飯が食えない、なんてビューティフルな日曜だ!

 それにどのみちレストランに寄ってからだと付近に街灯を全く見かけなかったモーテルまで懐中電灯無しで戻ることになる、それは避けたい。

 『う~む・・・』

 

 『そう言えばモーテルにはキッチンがついてたな・・・』

 まだ開いている中国系のショップに入る。こんな時、簡単に手に出来るのは「ラーメン」だ。水と袋麺、それにコーラを買って宿に戻ることにした。

 薄暗くなるなか、宿に戻る、幹線通りからタリセに戻る途中の坂道は、距離はそれほどないけどタリセの直前の30mくらいにその勾配がさらに急になる2段ブースター方式だ。機内食以降何も口にしていないこの身にはそれが堪える。

 そしてタリセからさらに5分くらい歩いて宿に着いたのは18:30頃。何とか夕日が落ちかけている時間には間に合った・・・

 

上左:マタニコ川に差し掛かるあたり、上右:マタニコ川を越えたサッカー場の横辺り。下はモーテルの近く

 

 ホテルに戻るとボスもいる、『ソロモンドルだといくらなの?』と聞くと、一度後でと言われ、その後計算するから待ってといわれたのでじゃあ飯でもと思い早速ラーメンを作る、飯が終わるころにはわかるだろう。

 とりあえずケトルでお湯を沸かし、カップに麺と粉末ソースを入れてその上に沸騰したお湯を注ぐ、日本では鍋でお湯を沸かしてから麺をいれ、麺がほぐれた頃に粉末ソースというのが定番だと思うが、旅行中の非常食だ。そんな面倒なことはやりたくなかったので袋麺をカップ麺風にして食べることにした。

 

食べたラーメンと自分の部屋

 

 食べ終わってボスに聞くと「ご、ごめん、ちょっと分からないから明日に・・・」とまた回答をされる。

 『ボッ、ボスでも分からないって一体全体どうなってるんだ???』

 『お、落ち着かねぇ~』

 

 今日の支払いを諦め部屋に帰って色々片づけて一段落した頃、時計はもう22時を回っていた・・・。

 

 

 室内は禁煙だった、目の前の簡単な現地キオスク以外は月明り程度しか見えない未舗装路を見ながら宿の縁石に腰掛けて煙草に火をつけ、今日一日を振り返る。

 今回の旅行で初めての外国間移動、まだ宿代が不透明だったが、結果だけ見れば「全て完璧に最初の計算通り」だった。

 そう、今日の全てを終えた今、胸を張ってこう言うことが出来るだろう。

 

 「餓島戦線異状無し」

 

 と・・・






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