アルジェリア
2006.03.05(日)
アルジェリア最後の都市として到着したのは東端の沿岸部にあるアンナバという都市だ。
バスターミナル、そして右は観光案内所付近。
ここもそこそこの規模を持つ都市だ。私は到着してすぐに観光案内所を探し、そこで資料を貰って(ここではアンナバのCD-ROMを貰えた)からすぐに裏手にある要塞にのぼる事にした。
明らかに廃墟となった要塞。
少し高台にあるその場所からならアンナバの全景が良く見渡せるからだ。
これがその要塞
人気の無い要塞から見渡す街の眺めは中々に良いものだ。
景色に満足した私は眼下に広がる視界に満足を覚え要塞を後にする。
要塞から見た街の全景
上からを堪能した次は実際にその中を歩いて味わう事にした。
フランスの植民地だった事を指し示す建築物が多いこの街はここが「イスラムの世界の一員」である事を忘れさせる・・・
近代的な建物
こうなるとちょっと古風
アンナバの市中、ん右は大通りの公園
この辺りは洋風
これもイスラムっぽくはない
沿岸部、印象的だった建物
時計塔
イスラムとローマの交差点、地中海沿岸部がそういった歴史を持っているという事はいうまでもない。
特にこのアルジェリアは近代にいたるまでフランスの影響を色濃く受けた国だ。
そしてここアンナバにはその名前自体に複雑な由来を持つ。
昔あった伝説。
アラビア人とフランス人の混血のアンナと言う名の女性。
イスラムがアフリカに進出した当初にこの地で初期の段階で旧ローマの皇族の女性と進出したイスラムの将軍との間に生まれたこの女性は永遠に若いままで年輪を重ねて100歳まで生きたと言われる。
そして当時ここに住む人からローマの血とイスラムの血が混ざると永遠の命が得られるまことしやかに語られた事がありそれが「アンナ婆伝説」となってこの地の名前に「」アンナばあ、アンナバ」と残ったのだ。
街に到着した時から際立っていたバシリカ
と、もちろんそんな話はこの記事を書きながら適当に作っただけでそんな事実はどこにもないこの街。
だが、チュニジアとアルジェリアの交点でありフランスの植民地とイスラムのテイストの混ざったこの街はアルジェリアの最後の都市として私にはふさわしく感じたのだ・・・
また街中で。
モスク
裏通り
こっちも中心からすこし裏側の場所、中央付近の廃墟に近い崩れた建物がなんとなく目に付いた。
これでアルジェリアの旅行は終わりとなる。
以前「謎の日常」でも記事を書いているが当時も今も思いは変わらない。(当時の記事は⇒「アルジェリアの終わりに(アルジェリア)」)
重複を覚悟で私はプロフェッショナルとしてこう言おう。
「アルジェには・・・・色々アルジェ・・・・・・」
と・・・・