Category: 激闘の記録!

 

あらすじ:

舞台国 スーダン  エチオピア


全く旅慣れぬまま何とかスーダンの首都ハルツームに辿りつき更にエチオピアに向けて良く訳の分からないままに前進を続ける「デューク東城」。しかしその前に腐りきったエチオピアの国境町の「メテマ」が罠を仕掛けて待ち構えていた。 

果たして無事にエチオピアに入国することは出来るのか?

どうする!ゴルコサーティーワン!!



第2話:移動地図







本編


スーダン


時は2005年1月5日…

今日でハルツームとはお別れだ。エチオピアののビザも取得している。

朝早く起きてホテルのスタッフにタクシーを捕まえてもらいバス停へと向かう。

20分ほどタクシーに乗ったのだろうか?市の中心からは離れた場所にカルツームにしては不自然なほどの近代的な建物の中にきれいな大型バスがいっぱい並んでいる。


※写真は近代的なデラックスバスがずらりと並ぶハルツーム郊外のバスターミナル


ワディ・ハルファからハルツームまではトラック改造型のローリーでこの国でバスと言えばそれが定番だと思っていたのでこれは予想外だった。

「おおっ、スーダン!中々にやるじゃないの!!」

と喜んでしまう。

そして客引きに言われるがままにエチオピア国境までに中継地となるゲダーレフ行きのチケットを買う。ゲダーレフに着いたら今度はカラバットというところまでバスで行く予定だ。そうすれば国境を接するエチオピアのメテマという町に入れる。

そしていざ出発、と近代的なそのバスに乗り込むと何とエアコンまで入っている・・・

バスの座席に腰を下ろしてふと一息つくと、エジプトのアスワンからここカルツームに至るまでの記憶がまざまざと甦ってくる。

碌でもないしょぼいフェリーに21時間…、24時間で到着と言われた砂漠の上を走るローリーに揺られて42時間…、待ち時間を入れると丸3日は超えてしまう出鱈目なアフリカでの陸路移動・・・

あれやこれや思案していると簡単ながらも軽食までもががサービスで出されてくる。

バスで出た軽食



私は窓の外に目をやり、去り行くカルツームを感慨深く眺めながら「これからの旅が劇的に変わる」事を確信してそっと呟く。

「もう私の旅がきつかった時代は終わったんだな・・・」

と、


カルツームから出る直後の写真


今の私は言うならば〈完全な勝ち組〉である。

エアコンの効いた快適な大型バス、乗客は10人ぐらいしかいないが時間通りにきっちりと出発し、軽食まで振舞われている。この快適さは眠気を誘い、乗り換え地点であるゲダーレフまでの間、完全に快楽に溺れ、寝て落ちてしまっていた。


車窓からみた伝統的な住居




5時間ほど経過したのだろうか?バスのスタッフに起こされるともうゲダーレフに到着している。いやはや実に快適な旅だった。



私の乗ったバスは、市の明らかに郊外の位置に到着したので、さらにそこからはカラバット行のバスターミナルへと移動しなければならない。ここまで休息は十分であり、市内程度の移動なら何てことはないのでシェアタクシーに乗ってガラバット行きバスのターミナルへと向かう。


10分ほどだろうか、シェアタクシーのドライバーが最後の乗客となった私に笑顔で「カラバット行はここだよ」と告げてくる。

しかしながら何かがおかしい??、ターミナルらしきものは何もなく、広場があるだけでバスは1台すら止まっていない。まあせいぜい荷物を満載にしたトラックが2台ばかり止まっていてその上にその荷物の持ち主と思われる現地人があたかも荷物の一部であるかのように積み込まれているだけである。

『まあ所詮はスーダンの地方都市だからバスも1日に1本かあっても2本、今日はもう終わりだからホテルでも探さなければいけないな』

と思案していると、その辺りの男が私に声をかけてくる。

「あんた、どこに行くんだい?」

と聞かれ、私は笑顔で

『カラバットだけど今日はもうバスは無いみたいだね、明日また来るけどバスは何時に出発するんだい?』

と、返事をする。

その男はバスのチケット屋だったらしく、

「いやー、あんたはラッキーな男だな、カラバット行なら”あれ”が今から出るから早く乗りなよ」

と言われる。

これからバスが来るのかと自分の幸運さに感謝し始めた矢先に、

「おいおい、あんた、”あれ”の上に乗るんだよ」

とせかされその指差すほうを見て愕然とする。

その先には先ほど見たばかりの荷台に荷物を満載にしたトラック、その上には荷物の持ち主と思われる現地人があたかも荷物の一部であるかのように積み込まれている・・・。カルツームに行く時に乗ったトラック改造バスは一応ながらも箱付で、中には狭いながらも座席があったのにこれは本当にただの”トラック”である!

「おーい、もう出発だから早く乗ってくれよ」

とせかされ、荷物を投げるように荷台の荷物のさらに上に無理やり積み込み、さらに自分の体をその上に乗せる…

バス・・・、いやトラックは私を”積載”するとほぼ同時に出発・・・


※写真はトラックの荷台から撮影したゲダーレフの町並み、左側に”バスターミナル?”がある




トラックの荷台の荷物の上に無理やり腰を下ろして息も絶え絶えに一息つくと、カルツームからここゲダーレフに至るまでの記憶がまざまざと甦ってくる。

エアコンの効いた快適な大型バス、乗客は10人ぐらいしかいないが時間通りにきっちりと出発し、軽食まで振舞われていた・・・。


私は窓が無いので、というよりも、オープンそのものなのでそのまま外に目をやり、去り行くゲダーレフを未練がましく眺めながら「これからの旅が劇的に変わる」事を確信して力無くつぶやく…

『私の旅が楽だった時代はやけにあっけなく終わったんだな・・・』

と・・・

今の私は言うならば〈完全な負け組み〉である。

荷物の満載されて座るスペースすら覚束ない不快な大型トラック・・・、乗客は30人ぐらいはいたのだが物置の上に無理やり人を乗せてコマーシャルを作る「イナバの物置」状態・・・、軽食の変わりにもうもうと巻き上げる砂埃が容赦なく振舞われている・・・。道は想像以上に酷く、さらに悪いことに最後に乗ったために一番ショックがダイレクトにくる後ろ側にしか場所が取れなかった私は頭をそこら中にがんがんに打ち付けての移動となる・・・


この不快適さによって、私はまるで[デビュ-前のボクサーがいきなりの公開スパーリングで世界チャンピオンを相手にさせられて、公衆の面前でサンドバックのようにぼろぼろに打ちのめされてしまった]かのように意識は吹っ飛び、荷物の上に崩れ落ちてしまっていた・・・




国境町のカラバットには完全にパンチドランカー状態で到着した。

朦朧とする意識の中でトラックから降りようとする私になにやら声がリフレインしながら聞こえてくる。

「ノープロブレム!ノープロブレム!!」

どうやら[ノープロブレム]らしい、トラックの同乗者に助けられながら降りて”声の主”を探そうとする。

「ノープロブレム!ノープロブレム!!イミグレーション!!!」

こんどはおぼろげながらも少しはっきりと聞こえてくる、その”音の主”の方を眺めるとボロボロの服に身を包んだ若い黒人が一人、両手を広げて待ち構えている。
良くは分からないが彼は「ノープロブレム!」で「イミグレーション!」らしい・・・。全く要領を得ないまま荷物を預け、その男のなすがままに後についていく、一度流石にちょっとおかしいと思い、

『あんたはなんなんだい?』

と聞いてみると

「ノープロブレム!セキュリティ!!ノープロブレム!!!」

と答えてくる。スーダンでは私服警官もいたし、ここはなんと言っても国境町だ。服を買えないほど国も貧乏なのだろうと妙に得心する。

しかし、イミグレ、カスタムと手続きを終えるとカスタムの役人がちらりと私の後ろの男を見て

「後はそのガイドについていきな」

と言ってきた。


これでようやくパンチドランカーの私にも謎が解けた。

どうやらこの[ノープロブレム]はセキュリティ-ではなくはガイドらしい。

『ちくしょう!いっぱい食わされたか!!』


と思うものの、もう夕方に差し掛かり、間もなく日は暮れる。この国境の情報なんぞは持っていなく、まあ乗りかかった船でまだ金を渡した訳じゃないから『こいつに一つ乗ってみよう』という気になる。
まあボロボロになって到着したので”楽したい”の1心に凝り固まっていたと言っても過言ではないだろう。

早速、高いのか安いのか分からないままに交渉して金額の折り合いを付ける。何故かこの頃に[ノープロブレム]のほかにさらに両替と名乗る英語を話せる男が2人加わり、私を含めた合計4人の[越境集団]が誕生していた。


エチオピア


今回はガイド付になったので動きは軽快になった。エチオピア側の町メテマはカラバットと接しており両国のイミグレ間は歩いて5分とかからなかった。エチオピアのイミグレは茅葺の掘っ立て小屋で、これがイミグレか!とビックリさせられたが手続き自体は問題無く、難なくエチオピアの入国を済ませる。イミグレの男が「こんな所がイミグレなんて凄いだろ!」と自慢気に言ってきたが、確かに一国の国境の施設がこんなのはこの先見かける事は無かったので確かに「世界一ショボイイミグレ」なのかも知れない。

ガイドの案内する1軒目の安宿が満室だったので同じ値段の次の安宿に案内される。料金は[10ブル(約120円)]らしい。荷物を部屋に投げ込みガイド+2人の男のところに戻る。

その内の1人の「路上両替商」に両替を頼み、ようやくにしてエチオピアの通貨”ブル”を入手する。両替率はボッテきてるのかそうじゃないのかはてんで分からない・・・

まあこれでいいかな、と思いガイドに交渉していた[わざと残したスーダンの通貨]で支払おうとすると[ノープロブレム]はめざとく私の手から両替仕立てホヤホヤのエチオピアブルを掠め取っていく…
金額にして[30ブル(約350円)]、交渉していたスーダンの金での支払いを考えると倍近い金額だ。宿に[10ブル]で泊まれる国にしては多すぎる金額だし[スーダンのお金]をいまさら私が持っていても仕方ない。腹を立てて「この野郎」と向かっていこうとすると、その間もなく今度は2人の男が

「俺たちも案内したんだからガイド料をよこしな!!」

等と言ってくる。はっきりとついてくる事を拒絶しなかった私にも問題はあるのかもしれないが勝手について来てこの言い草は気に入らない。どうやらこの3人は”グル”らしいと思い

「おい、お前ら、今の見てたろう。あいつは俺から倍近い金を持ってったんだぜ!あいつに言って後はお前らが勝手に分けろよ!!」

と吐き捨てるように言い、宿の自分の部屋の前に戻る…


”グル”と思っていたがそうではなく3人は5分ほどもめてから解散し、1人[ノープロブレム]だけがえらい上機嫌な顔で私の前に現れる。

どうやら”グル”ではなかったらしく、[一人勝ち]というような雰囲気だ。

しかしそんな事はいいようにボラレたこのプロフェッショナル[デューク東城]には関係ない。折角だからと元を取り返そうとして[ノープロブレム]を使い、明日のバスのチケットを購入するのに着き合わせ、さらに喉がカラカラだったのでジュース屋に案内させてコーラ2本を一気に飲み干す。この時に勝手にビール1本をおごらされていたのは結局この[デューク東城]、このガイド[ノープロブレム]のおかげで[プロブレムありあり!]となってしまったと言わざるを得ないだろう…

しこたまに私から金をせしめたおかげですこぶる機嫌の良いこの[ノープロブレム]は、

「明日の出発は朝の0530と早いから俺が起こしに来てあげるよ」

と言い残し、宿でお別れする。これでようやく少しはくつろげそうだ。




明日の出発が早いので宿の男に宿代を支払おうとして[10ブル]つかんで渡そうとすると予想に反して

「15ブル」

と何のためらいも無く言ってくる。聞いてた金額とは大幅に違う。おかしいと思って詰め寄ると

「エチオピア人は10だけど日本人、アメリカ人、ドイツ人なんかの外国人はツーリストプライスで15になるんだぜ」

「つっつっつーりすとぷらいす…」

ここはなんてとこなんだ。

ツーリストプライスを支払ったところでこの小汚い部屋が5ブル分きちんときれいになってくれるとはとても思えない。しかし外はもう暗く、この辺鄙な国境町でホテルを探す気にはもうなれそうもない。


※写真はメテマで”ツーリストプライス”を支払って宿泊したブンナベッド(コーヒー&ベッドという意味)。
中には薄汚い洗面器が置いてあり、そこに小用を足すので
”自分の匂いに包まれて就寝が可能!”
というか...寝れるか!そんなもん!!



仕方が無いのであきらめて15ブル手渡す。宿の男は当たり前のように受け取っていく。

『こいつらは気に入らない』

と思い始めたが、宿の男はその後、何故か急にフレンドリーになりコーヒーセレモニーを見せてカフェを振る舞い、そして私を町の散策へと連れ出す。夜はもう暗いがまあ少しは気晴らしになる。

道を歩けば子供ごときが「ユーユー」と人をあからさまに指差して言ってくる。私の中で英語の挨拶は「ハロー」だと思っていたが、ここの常識は違うらしい。それに子供だけかと思っていたら大人までこちらを指差して「ユーユー!」たまに「ファック・ユー!!」まで聞こえてくる。こんなんでは歩いたところで気分も悪いし、むかつく町だが何事も経験だ。見ないよりは見ておいた方がいいと諦める。この散歩もツーリストプライスの1貫だろう・・・

さらに気に入らないことにこいつらは「エチオピアンタイム」等と言う独自の訳の分からん時間をつかってやがる。簡単に言うと私の買ったバスのチケットにある時間は「朝の11時半」だが実際のインターナショナルタイムでは6時間戻って「朝の5時半・・・」、スーダンから入国した時、時計を合わせようと時間を聞いたらガイドブックでは1時間の時差の筈が5時間ぐらいずれているので聞いてみたら判明した訳だが・・・、アフリカで唯一独立を守り通した事が誇りらしいが時間ぐらい西洋化しやがれと思ってしまう…


宿に帰ると宿の男に友人を交えて私は質問攻めにされてしまう。最初は警戒をしていたが時が立つにつれ、彼らの好奇心や親切さに心が打ち解け始める。

「何だ、この私が構えていただけで、ここもいい奴はいるのかも知れない」

と、思い込み始めていた。



話が弾んで喉も渇いてきたのでちょっとコーラを注文する。宿の男はコーラを持ってきて得意そうに説明する。

「いや~、コーラはエチオピア人なら3ブル、ツーリストは6ブルなんだけどいいかな?」

『おっおっおっい!!良い訳ねえだろう・・・!!」

フレンドリーらしい雰囲気は見せ掛けだけで結局こちらを「金のなる木のツーリストとしてしか見ていやがらなかった…

当然の事ながら注文は取りやめる。かなり嫌な気がしたがそれでも彼らの中にもそんなカスじゃない奴もいたからそのまま付き合って話を少し続けてしまう…

30分ぐらいしてちょっとこちらがもう疲れたなと思い部屋に帰り始めようとすると宿の男が一言、

「俺たちは誰かが何か(タバコやコーラ)を買ったらそれをみんなでまわして楽しむと言う習慣があるんだ、だからお前ジュースでも買ってくれないか?みんなで楽しく飲もうぜ!」

と言ってくる・・・

いやっ?ちょっと待てよ???計算してみて欲しい。

「エチオピア人がコーラを買えば3ブル・・・私が買えば6ブル・・・!!??」

何故俺に払わせようとする?ボラれた挙句にコーラもシェアだとぅ!
どうやったらそんな考えが出来るんだ。こいつらは俺の知っている人間か?そうじゃない、全く別の生き物だ。

一体こいつらに流れている血は何色なんだ?


『てめえで楽しみたければ2本かって1本俺に奢りやがれ!』


と悪態をついて部屋に戻る・・・奴等の神経が良く分からん??



夜もやっぱり最低だった、屋根の上を得体の知れない小動物がずっと動き続けている。おかげでこのプロフェッショナル・・・疲れたまんま寝ることも出来やしない・・・




朝早く「起こしに来る!」と約束した「プロブレム」はお約束通りに来ないで、バスが出るから宿をチェックアウトしようとするとドアに鍵がかかっている、ドンドンぶったたいて寝ていた女の従業員を起こすと「バスなんてまだ出ないわよ」と言われてしまう。そんなもんかなとも思ったが、まあここにこれ以上も居たくなかったので鍵を開けさせバスのところに行くと丁度荷物を積み込んで出発するところである・・・

あの従業員の言う事を聞いていたらこの町にさらにもう一泊・・・

ぞっとしない未来予想図だ。彼女を信じなくて本当に良かった・・・




バスに飛び乗り、まだ暗かったのでまったく見えなかったが、まあ無理やり去り行く国境町メテマを眺めたことにしてふとこう思う。


どうやらこの国境町のメテマ・・・

このプロフェッショナル・デューク・東城をもってしても『チンカス以下の最低野郎にど腐れ尼達の町]と評価せざるを得ないようだ・・・』

と…

 

 

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