帰国後に記事を書いているため、実際のアップ日は2017.12.04となります。
あらすじ
南太平洋の孤島
人口1600人、ここを承認している国は僅か6ヶ国。
果たして国と呼んで良いのやら悪いのやら全く分からない、世界でも珍しい1島だけの国ニウエは、クック諸島等とは比較にならないほど何もない、超マイナー国家の筈だった。
だが、そこでは獰猛な野性が牙を研いでこのプロフェッショナルを待ち構えていたのだ!
果たしてその牙から無事に逃れる事は出来るのか?
どうする?ゴルコ・サーティーワン!!
ニウエ概略
ニウエ
基礎データ(2017外務省HPより抜粋し一部加筆)
1.面積:259平方キロメートル(鹿児島県徳之島とほぼ同じ)
2.人口:1,500人(2013年、太平洋共同体事務局)
3.首都:アロフィ
4.民族:ニウエ人(ポリネシア系)90%
5.言語:ニウエ語(ポリネシア語系)、英語
6.通貨:ニュージーランド・ドル。
尚、今回の通貨に関しては実際レートではなく、私の引き出し手数料など考慮したうえで分かりやすく1ニュージーランドドル(以下NZ)=80円とします。
※ニウエは国連に加盟しておらず、国家として承認している国がたった6ヶ国(中国・インド・タイ・オーストラリア・ニュージーランド+日本)しかないが、日本も2015年5月15日、ニウエを国家として承認しているので厳密なプロフェッショナル審査(単なる気分)の上、国家として計上しています。尚、日本が承認している国はこの時点で195か国です。
第1章:タイムトラベラー
2017.11.07(火)
深夜ラロトンガを出発したNZ479便は順調で、翌11.08(水)05:00時にオークランド国際空港へ到着。たった、4時間のフライトの筈なのに一気に28時間程度経過していた。これがデートラインの悪戯と知ってはいるが、不思議と首や肩の痛みも増え、また一気に1日分年を経った事と、昨日10時間以上歩き通していた疲れが加算され、また機内では少し寝た程度であったので既に疲労困憊といった体であったが、さらに予想通り長蛇に並んだ入国審査の列がそれに加速度を足していく。
到着したオークランド
これからやらなければいけないのは3時間半のバトル、この時間内に飛行機を乗り換えてニウエに向かわなければならないのに、トランジット扱いにならなかったので先ずは入国審査を潜り抜けなければいけない。だが、キャプテン・クックの呪いがまだかかっていたのか?それとも単純にニュージーランドの入国審査のシステムの所為か?前回と同様、20以上はあるカウンターでオープンは僅か2ヶ所、それで100人以上を捌いているので歩みは中々進まない。もうちょっとで私の番という所で、係官が親切のつもりで人の掃けたNZ国民側のカウンターに案内してくれたものの、私の前の人間が手間取り無駄に時間が浪費されていく。外国籍カウンターで並び続けていた方が明らかに早かったが、それでも何とかここを抜け、荷物をピックアップして税関へ辿り着く。ここでもやっぱり並び結局トータルで1時間以上かかってようやく入りたくもないニュージーランドへの入国を果たした。
取り敢えずはとグロー(電子タバコ)を吹かし、休む間もなく今度はニウエ行、NZ784便の搭乗手続へと向かう。セルフなので楽は楽だが手続きを終えた頃に、既に7時になってしまっていた。
今度はグローを2本立て続けに吹かしてボーディングゲートへと向かう。出国審査と手荷物検査を終え搭乗ロビーに到着した頃にはまだ出発時間に1時間以上の余裕はあった物の、すっかり疲れ果ててしまっていた・・・。
フライトは予定通りに08:45時に離陸。これでようやくニウエへと向かえるのだ・・・
空港。今度は機内食を食べた。
フライトはまたしても4時間程度で、前日の11.07(火)12時ちょい前に到着。また一日過去に戻ったので、折角治りかけた傷跡も少し前と同じ悪い状態になってしまった気がするが、ニュージーより1日分若返っていることは確かなので気分はそんなに悪くは無い。肩や首も少し楽になっている。
地図を見ると同じ時間帯(サマータイムの関係で時差が1時間ありますが、タイムゾーンは一緒です)の隣の国で、直線距離で飛べれば1時間程度で着くにも拘わらず、一度未来と過去を行きするタイムトラベルをしなければならないのは面倒な事この上なかったが、これでクックの呪縛からも完全に逃れた事だろう・・・
ニウエ上空から空港へ
第2章 超々超々超マイナー国家ニウエ
到着したらまずは荷物のピックアップだが、ベルトコンベアーみたいな気の利いたものはニウエ国際空港に存在しなかった。荷物が飛行機から出されて貨物車に積まれるのを立ちながらみて、それが並べられたら自分のを探してピックアップし、入国審査へと向かう。
審査は簡単に済み、待合ロビーに出るとラロトンガ島の時と同じように空港スタッフが何処に泊まるかを聞いてくれ「タートル・ロッジだよ」と答えると、「来てないから呼んであげるね」と親切だ。しばらくロビーを出てグローを吹かしていると何やら鬨の声が聞こえてきたのでそこにいくと現地の伝統的な踊りらしき物が始まったので見学する。これが何時もの事なのか?たまたま何かがあったからなのか分からないがスタートは順調だ。
左上は飛行機から荷物を運んでくれたカート。下2枚は歓待の踊り?
1時間も待たずに迎えの車が来る。自転車を借りたいという話をすると途中でニウエレンタルズに寄ってくれたので借りる調整だけして、首都アロフィーの北に10km程度離れたマケフという村にある宿に向かう。
『ニウエか・・・』
この国に関しては説明が必要だろう。
日本が最も直近(2015年5月15日)で承認したこの国は、ニウエ憲法制定法の出来た1974年10月19日から独立というから歴史としてはそれなりにあるはずだが、日本以外にこの国を承認しているのは僅かに6ヶ国だ。また国連には加盟していないが、30を超える国際機関(ユネスコ等)に加盟しているというチグハグさがここを国と呼ぶべきかどうかさらに混迷を招いている。国土面積は日本の鹿児島県徳之島とほぼ同じ259平方キロメートル、全周64kmと昨年訪れたナウルよりは広い物の、人口は僅かに1600人程度(外務省では1500人としていたがドライバーが今はこの数字と言っていたので)という日本の市町村でいったら村クラスの人口しか抱えていないのだ。世界の大半の国がここを独立国でなくニュージーランドの自治領として認識するのも当然かもしれない。
一応外務省の面積の小さい国ランキングでは9位だが、人口の少ない国ランキングでは2位となる。そしてこの両方のランキングのトップはバチカン市国で、ここは面積が小さくて人口が少ないと主張したところで、キリスト教の総本山でイタリア内にあり、いつでもラッシュアワー以上の人が訪れている場所なので、トップもある意味インチキに思えてくる。そうなると実質人口の少ない国ナンバーワンはここニウエで面積が9位とやや大きいのが却って仇となり、人の殆どいない島という感じになるのだろう。僻地と言う場所でもなく、秘境と言う見所がある訳ではないので、一番適しているのは世界一マイナーな国家とでも呼べばいいのだろうか?
以前は観光産業で何とかという目論見もあったようだが上手くいかず、世界的なガイドブック、それも近隣のオーストラリアが親元の「ロンリー・プラネット」にはニウエのページは最初から無く、地球の歩き方「フィジー 2015~2016」版に頑張って僅かに7ページが掲載されていたのも、それも今年版からリストラになっている。またニュージーランドからの往復便が週2便しかない事からもこの国の不人気振りが窺えるだろう・・・
そもそも首都狙撃手と言われるこの私でさえ、昨年旅友に南太平洋を巡る話をした時に「じゃあニウエもいくんですね?」と聞かれなかったら絶対に見落としていた自信のある国だった・・・
要するに一言でいうと
「超々超々超マイナー国家」
それがニウエだった。
空港とそこから宿まで
地図を見て最悪歩こうかと思っていたロッジは意外と遠く、空港から車で15分ぐらいはかかって到着。一軒家と言った感じのこのロッジには先客がいるらしい。
「こんにちは~」
目にしたのは明らかに日本人と思われる大人が3人と子供が数人。
『???』
「彼らは日本人だよ~!」
私をここまで送ってくれた初老の男性が笑顔で答える。しかし、こんな所で最初に出会う他の旅行者がまさかの日本人とは・・・
「今から食事なんで良かったらご一緒にどうですか?」
初対面の私に彼らは親切だった。ただ、ここまで送ってくれた現地の男性とこれからまたすぐレンタカー屋に戻らなければならなかった。後ろ髪をひかれる感じではあったが、理由を告げて丁重にお断りして、荷物を置いてまた彼の車でレンタカー屋へと送ってもらう。
こんなところに何故日本人?という謎は帰ってから解き明かせばよいだろう・・・
早速レンタル屋に送ってもらい、そこで分かれてここに滞在分のお金を払ってマウンテンバイクをレンタルする。ここには3泊4日、週2便の影響で今回の渡航期間で自動的にこの日数に決まっていた。料金は一日10NZドル(約800円)なので非常に良心的だといえるだろう。自転車を借りるとき、スタッフの若い男性が「友好的なのも攻撃的なのもいるから犬に気をつけてね」と言っていたが、それも去年ナウルで経験済みなので、まあ通常の用心をすれば問題は無いだろう。そもそも犬が獰猛でしょっちゅう人を襲っているならレンタル屋ももっと注意を促してくるし、そもそも商売として成り立たない筈だからだ。そして市中に出て観光案内所に寄り、また警察署に寄ってニウエの免許証を取得する。他にならんでいた外国人から「あなたもスーベニール(お土産ね)」と言われ『ああ、記念にね』と答える。ここにいる日数と国土の狭さを考えると自転車で十分そうだし、厳しいと思ったらその時車を借りるつもりはあったが、元々国際免許証を持っているのでわざわざローカルの免許証を持つ意味はなかった・・・
ついでに首都アロフィーの攻略へ向かう。一度通り過ぎていたが、やっぱり瞬殺だった。
首都アロフィーの雄姿。全部とは言わないが大半がこの中に写っている
左上:ニウエレンタルズ、右上:アロフィ中心部、2段目左:政府系建物、2段目右:観光案内所
3段目左:警察署、3段目右:市中のバックパッカーズ、下段左:教会?、下段右:スーパーマーケット
こちらがニウエの免許証。クックで既に年齢バレしているので修正せず
『うーん、首都狙撃手としての任務はあっという間に終了してしまった・・・』
日本に近いから行きやすいと思って後に残していた南太平洋諸国は、実は世界でも航路の制約から非常に周り辛く、また、首都のショボさも世界でも有数な地域とは思ってなかった。昔酷いと思っていたコモロの首都モロニやギニアビサウの首都ビサウもここに比べれば大都会だし、先日訪れたばかりのクック諸島の首都アバルアでさえここに比べればまだ何かあった。閑散さから行けばスリランカの計画首都スリージャヤワルダナプラコッテが比較の対象になりうるかもしれないが、そもそも最大の都市コロンボが控えているのでそれをもって互角とも言い難いだろう。まだ見ぬ世界はあるが、ウイッキ先生によると人口約650人(2011年)のアロフィーが恐らくこのまま私のショボい首都ランキングのトップを走り続けるだろう・・・
取り敢えずは国でたった一軒と言われるスーパーマーケットで飲料や食材を買い込む。さっき見たロッジ付近に買い出し出来そうな場所は無かった。あまり気がすすまないがここはラーメンとシリアルとミルク、そしてチョコで乗り切るのが正解だろう。思った以上に買い込み、荷物がそこそこ重くなったので一度ロッジに戻ることにする。これが20分~30分程度と予想外に時間がかかってしまう。さっそく自転車じゃなく車にしておけば良かったかもと少し頭をよぎったが、ここにはただ遊びで来ている訳ではない、本来の観光目的であるダイエットをしなければならないのだ。今にしたって宿についてから速攻でシェイプアップベルトを巻いてきていたのだ。
またホテルに戻ると丁度リビングでさっきの日本人の人たちが、半分くらい残っている。
『??』
話を聞いてみると、ここの宿泊しているのは彼ら夫妻とその息子の3人、それにさっきは現地で知り合った、日本食レストランで働いている日本人の嫁さんと息子さん達が来ていたというのだ。
『へっ???、何それ?日本食レストランって???』
※後で調べたら日本のテレビでも紹介されていた事があったので、単に私が知らなかっただけだった。
さらに詳しく彼らの事も含めて聞いてみると、ご夫妻(以下、プライバシー保護の為H夫妻と書きます) はニュージーランドに永住権を持ち、オークランドに在住で、ニウエはたまたまニュージーランド航空が普段の料金の半額位になるプロモーションをやっていたので来てみたということらしい。既に1週間居て、帰国便は私と一緒だった。宿に他の客はいないので、今は日本人オンリーだ。
またさっき居た女性はニウエにきて半年、日本食レストランで働く旦那さんは1年以上ここに住んでいるということだ。なんでもニュージーランドの永住権を取るのが最近厳しくなり、ニウエなら比較的取りやすいからといった理由でここで働いているらしい。
『まさかこんな所で・・・』
そう言えば去年の旅行でも日本人と接触したのはまさかのナウルにツバルだった(フィジーやニューカレドニアで日本人はそこそこ見かけていたが特に接触はしていないので)。しかも今回はマイナー国で日本人に遭遇するだけならまだしもそれが同宿というのは嬉しい偶然だった・・・
すでにほぼ観光を終えている彼らから色々聞き、時間はまだあったので昨日10時間以上歩き続けで今日も移動の連続だったがプチ観光をする事にした。オークランドでスマホで見たニウエの天気予報はここにいる期間中ずっと雨マークがついていたので、晴れ間がある内に少しでも観光しておけば大分アシストになるだろう。勿論シェイプアップベルトもセットする。
最初は宿の北側のあるアバイキ洞窟へと向かう。徒歩の距離と言われたが微妙に歩くかったるい距離で、途中通りかかった車が「どうしたの?」とわざわざ聞いてくれたので「アバイキに行くだけだよ」と答えてそのまま歩き続ける。
上段左がタートルロッジ。中段以下はアバイキ洞窟
最初の1個を歩いてみて分かったのは、道路から見所までの往復も短い距離とは言え歩くのでちょっとかったるいといったことだった。そこで宿に一度戻り自転車に乗り、今日は北側の見所でなく首都アロフィーとマケフ間の見所を攻略することに変更した。
宿から少し南に下った所にある「マケフ・シー・トラック」インフォメーションボードがあってそこに情報が載せてあって親切。
アロフィーへの道中。
Vaila Sea Track
Togalupo Sea Track
Omahi Sea Track
首都アロフィー再び
Utuko Reef
上段左は観光案内所。Togarahi Sea Track
Tomb Point
港に降りたら「私企業の場所だから立ち入らないで」と軽い注意を受けた。ただあくまでもフレンドリーだった。
夕日は見れなかったが夕焼けは綺麗だった
日没は大体18:30頃だった。街灯の殆どないこの国を夜観光するのは得策で無い以上に、見るべきものが無かった。宿に戻って今回の旅行期間初めての日本語だけの会話を楽しみ。初日を終える事になった・・・
買い込み品
第3章 ニウエ島攻略戦線開始
2017.11.08(水)
久しぶりの日本語の会話の後、やや夜更かしをしてしまい深夜を過ぎてから寝たせいか?一昨日からの疲労が抜けきらなかったせいか?それでも8時過ぎには起きて簡単な朝食を摂り、9時には宿を出て観光に向かうことにした。マケフは首都の北側の村なので時計回りに一周すれば、上手くいけば最後にアロフィーに寄ってスーパーで買い物してから戻れるだろう。
Palaha Cave
そもそも首都狙撃手たるこのプロフェッショナルにとってはアロフィーを見た時点でこの島の観光は既に終わったと言っても良いのだが、何もない島国で何もしないというのは性分に合わないし、時間がある以上観光し続けるのがツーリストの流儀というヤツだ。それにここにはただ観光しに来ているのではない、島の一周に向け、シェイプアップベルトもきっちりと締めダイエットの準備は万端だった。
途中のSea Track 名前は撮り損ねてた
幸いにして雨は降っていないが、想像以上に暑かった。気温こそ高くないものの、南国特有の湿気がまとわりつく感じが余計にそう感じさせる。それに自転車で漕いでいても蠅がたかってくるのがうっとおしい。クック諸島で出来た左足の瘡蓋付近にはいつでもこのハエが纏わりついていた。
Tuapa Sea Track
一個一個の寄り道は幹線道路から100-300m程度と表示され、さほど離れていないので往復しても10-15分程度もあれば大丈夫だが、ただ数が多いとその都度見て回らなければならないので意外と面倒だった。
Hio Beach
ニウエは太古の珊瑚礁が隆起して出来た世界最大の珊瑚礁の島で、海面上約60メートルに渡り石灰岩の断崖がそそり立ち、その地形がほぼ島全体を縁取る台形状の島で、山岳や湖などは存在しない。見所はこの海岸沿いの断崖絶壁と、たまに見える砂浜だろうか? そして水は凄く澄んでいて綺麗だった。ただ、それ以上は?と聞かれると『う~ん』というのが正直な感想だ。ここに来たから見所として楽しんでいるが、じゃあ人に『何が何でもニウエに行って○○をみないと損ですよ』とまではいかないのだ。
Namukulu Sea Track
Limu Pools
今日はいつものライトトレッキングスタイルではない、クック諸島で編み出したプロフェッショナル・ニュー・スタイルに身を包んでいる。予報の雨は侮れないのでいつ濡れまくってもいいようにしていたのだ。ただ、これだけ軽装であってもじわじわと汗をかいていく。幸いにして景勝地に屋外シャワーが設置されていたので、すこし体温が上がったと感じたらそれで水を浴びてから進むようにした。
Hikutavake Sea Track
これまでの所、足取りは順調だった。北側一の景勝地であるマタパ・ギャザムとタラバ橋を観光する。
Matapa Chasm
Talava Arches
今まで5~10分程度で終わっていた見所観光がここはこのタラバ端は片道20分、暑い中テクテク歩いて見終わってまた戻っていくその道中、いきなり右肩、三角筋のあたりに何か鋭い物がぶつかったような衝撃が走る。
『?』
飛来する何かに刺されたようだ。だが、襲われた場所に残って何かを確かめるというのはまた襲って下さいと言っているような物で愚の骨頂だ。被害届は被害を受けなくなった場所まで動いてから出せばいい、足取りを速めて速やかにそこから離脱する。
すこし速足でやや汗もかいたので、10分ぐらいかかって戻った最初の分岐点でシャワーを浴びて傷跡を確かめる。針と言うには少し太そうな物に刺されたといった感じだろうか?
正体がはっきりせずにもやもやしたまま、水浴びを終え、ごみ箱に電子タバコの吸い殻をすてようと覗くと何やらラミネートされた注意書きが捨てられている。
上は刺された後の自撮り、蜂注意のラミネートとセットで「彼氏とニウエでデートなう」に使ってOKです!
「危険なスズメバチ・・・」
文面を読んでみるとなにやらタラバ橋の道中、攻撃的な雀蜂が人を襲うから注意してねと書いてある・・・
『と、時すでにレイト・・・』
刺される前に見ていたとしても行くことに代わりは無いので結果は同じだと思うがそれにしても捨てるなんて・・・。
『!』
刺したのが雀蜂ならさあ大変だ!!
アナルフィラキシー・ショック
名前ぐらいは聞いたことぐらいはあるだろう。ここの蜂は毒が無いとは聞いているが、刺されたショックからこのままほっておくと全身に蕁麻疹やむくみが出たり、呼吸困難に陥ったり場合によっては血圧が低下して意識を失うかもしれない。毒蜂の場合、15分で心肺停止に至る場合があるらしいが、呑気にシャワーなんて浴びてたから既に30分近く経っている・・・
『いっ、いかん・・・』
気のせいか意識がどんどん遠のいて・・・
来ない・・・
心臓も特に何もない・・・、ただ肩の付近がちょっと痛いだけだった・・・
一応持っていた虫よけスプレーを患部に吹きかけ、また蚊に刺された時用のキンカンも塗り付ける。今出来るのはそれぐらいだし、まあ刺されて痛い以外に何もないなら大丈夫だろう。
だが、これまでの観光で想像以上に時間がかかっていたらしく、既に時刻は12時となっていた。まだ島の半分どころか1/5も終わってはいなかった。
私は少し方針を変え、これまでは目につくルート上で目につく見所全てに入っていたのを、簡単に行けそう+歩き方に出ている観光地に絞ることにした。
島北部
北東部の村Mutalau付近
この頃になると自転車から降りても荷物を背負わず、そのまま自転車の横に置いて見所まで歩くようになっていた。暑くてかったるい以上に人に合わないのだ。それにこんなに小さな島国は国民総監視状態なので誰かが悪さをしたらあっという間に広がるから盗む者も居ない。自転車にした所で、鍵なんて最初からないのだ。
その近くのTauei Fort
そこから東海岸を南へと向かって
ちょっと参ったのが北部と東部は見所にシャワーが無く、体温が上がっても強制的に下げる事が出来なくなっていた事だ。それに道は平たんなように見えても凄い緩い上り坂と言った感じで、足を止めると自転車は失速してしまっていたのでずっと漕いでないといけない。身体の消耗を抑える為に持っているペットボトルの水を小まめに補給しつつ、あまり力を出し過ぎないように巡行スピードをキープするように気をつけていた・・・。
第4章 野獣、襲い掛かる刻
初期のなんでも寄り道路線から方針を変更したお蔭で、ルートの1/4程度に相当するラケパの村には13時頃到着した。
ラケパ
と言ってもここに見所がある訳ではない、民家が見えたのでどっか野外シャワーでもに設置されていないかと思ったが、それも特には見当たらない。
『次の見所で探すしかないかな・・・』
懸案だった雨は降らず、雲こそ多いが晴れ間の青が澄んでいるニウエの空は、この村の閑静さも相まって牧歌的だった。
そして街をそろそろ抜けようかとしたとき、長屋のように平たい家の方から突然動物の鳴き声が聞こえてきた
『?』
『犬?!いぬ!!ワン!!!ワン!!!!ワン!!!!!ワン!!!!!!』
『ろっ、六匹!!』
音の鳴る方へと視線を向けると先頭に2匹の白い犬、そしてその後に引き続いて4匹の茶色の犬がこちらに向かって猛烈な勢いで一直線に駆け寄ってくる!
『い、いかんっ!!』
1匹、2匹ならまだ何とか躱しようも逃れようもありそうだが、まさか6匹のセット販売で襲ってくるとは!
「Fight or Flight(闘争か?逃走か?)」
危地に陥った動物の取る行動は二つあるといいう、だがそもそもファースト・チッキンと呼ばれるこのプロフェッショナル、例え相手がどれほど弱い敵であろうとも、一度たりとも前を向いて闘った事などない!ここでの一択に迷いは無かった。
『ぜっ、全力離脱っ!!』
巡行スピードから一気にペダルを踏み込み、自転車を加速させる、だが、犬達はそんな事はお構いなしに直ぐに私の横まで到着してしまっていた。最初に目にしてから3秒はかかっていないだろう。
スピードを上げた自転車の両脇に白い犬が一匹づつ、そして後ろに4匹。横からの絵柄は自転車に乗った少年が飼い犬を引き連れいる微笑ましい光景だが、この時の私の同伴者は全員裏切り後の明智光秀というのが問題だった。
「バウッバウッ!」
左右の犬が吠えながら跳ね、今にも私の足に食らいつきそうだったので一旦足を折りたたみ、その虎口から逃れる。だが、このままでは自転車は失速し、6匹の犬と戯れる1人のチキン野郎という望ましくない構図が出来上がるのも目に見えていた。
私は意を決して、奥歯を噛み締め呪文を唱える
『か、加速装置っ!!』
そして効き足でない左足をペダルに乗せ一気に踏み込・・・
「ガプッッッ・・・・」
『あっ・・・・・・、か・い・か・ん・・・』
噛まれたのはふくらはぎだった、痛恨の一撃ならぬ痛恨の一噛み。これが甘噛みでないことは足に走る明敏な痛みからも容易に悟れるだろう。
だが、噛まれた事によってさらに窮地に追い込まれたのが功を奏したのか?体内のアドレナリンが一気に出され、自転車をさらに遮二無二漕いで加速させ続けることが出来たので、その後数秒纏わりついていた犬もやがて諦めて、その内後ろに遠ざかっていく。
『まだまだだ・・・』
ただ、ここで速度を緩めるとまた追いかけてきかねない。そのまましばらくは自転車を進ませ、完全に彼らの気配を感じなくなったころ、道路脇の木陰に自転車を止めた。
『そう言えば昔一緒にシルクロードを周った友人が犬に襲われて狂犬病の注射を現地で射った事から、”狂犬”と言われるようになったが、私も175ヶ国目にして狂犬ツーリストデビューだな・・・』
最初に頭に浮かんだのはこんな事だった。
『お金は保険を掛けてるから大丈夫だ・・・』
次に考えたのはこんな事だった。去年旅行を再開する前に予防接種はかなりの数を受けそれには狂犬病も入っている。ただ追加接種が必要になるだろう。この費用は成田空港で掛けた保険が生きてくるのだ。
そして思ったのは『GoPro(アクションカメラ)でも付けてたら、襲われた一部始終を動画アップしてユーチューバーデビューでも出来てたのに』というあまりにも下らない事だった。
虎口ならぬ犬口から逃れた今、ようやくホッとして少しは冷静に考えられるようになっていたのかもしれない。それとも冷静じゃないからこんな下らない事しか思い浮かばなかったのかも知れない。
そして少し落ち着いてから、こんな所で持っている水を消費するのは勿体無かったが、まず洗い流して傷跡を確認する。噛まれたのは1回、傷口は歯と同じ程度の物が2ヶ所にそれよりかなり小さい物が1ヶ所の3ヶ所開いている。血は流れているが、血管まで至っている感じは無い。残念ながら何時ものミニ救急セットは置いてきたので、やらないよりはマシだろうと虫よけスプレーを殺菌の為患部に振りかけ、そしてまた虫刺されには効果があっても犬噛まれに効果があるかどうかまでは疑問符しかつかないキンカンを塗り付け、一応止血の為にソックスバンドを膝の下あたりにゆるく巻きつけた。
左上はたまたま撮影してたもので左上の家から犬が出てきた。他は手当をした単なる道の上
手当てしてしばらくのんびりしていると車が泊まって中にいた男女の一組がどうしたんだ?と話しかけてくる。捨てる神あれば拾う神あり、襲う犬あれば助ける現地人ありと言った所だろうか?『犬に噛まれたよ』と伝えると、心底心配し、色々とアドバイスをしてくれる。最後には水があるかどうかまで聞いてくれたので、『大丈夫、まだあるよ』と答えたら、彼らも得心したらしく。
「分かった、兎に角医者にすぐに行くんだ。それとこの先あるリクという村も野犬が多いから十分に気を付けるんだぞ!」
と伝え、去っていった・・・
『・・・』
『あれっ?この私は・・・・・・?』
ちなみに最寄りの医者というか、島に一軒しかない病院は多分ここから少なくとも20km以上はあるだろう、それを負傷した状態で別の犬の群れを潜り抜けて向かうというのは、車にでも乗っけてくれない限りは俗にいう無理ゲーな筈だが・・・
どうやら出会ったのは拾う神ではなく、ただの通りすがりの神だったらしい。とは言いつつもこのまま留まり続ける訳にもいかなかったので諦めて前へ進むことにした・・・。
第5章 カー・ハント
犬に噛まれた部分から緩やかに出血しそこに蠅が集り続ける悪循環は一向に止む気配が無かったが、取り敢えずは自転車を走らせ続ける。
恐れていたリクも順調に通過、ここから内陸に向かい、ロッジに戻る手もあったが、私が選んだ道は南下だった。
リクの村
病院にすぐに向かった方が良いのは分かっていた。ただ、営業時間は多分16時までだろう。そうなると息絶え絶えで到着することにはクローズだ。このまま南下し続け、東海岸で残っている見所を周りつつ、行けるところまでやってみるつもりだった。身体の傷跡はそのうち時間が癒してくれるが、失った時間は2度と取り戻すことは出来ないのだ!(※完全に誤った判断なので皆さまは早く医者に向かって下さい、もしくは電話があればそれで救急を呼ぶのもありです)
途中でスカルプチャー(彫刻)・パークとあったので覗いてみたらたんなるガラクタアートでシャワーも無い。またさらに南下していく。
スカルプチャー・パーク
そして次に目にしたのは「要ガイド」と書かれたヴァイコナ・ギャザムだった。
『そう言えばH旦那氏が、要ガイドと書いてあったけど簡単に行けるところがあったと言ってたな・・・』
時刻をみると14時、マケフと島の丁度対角に当たるので丁度島を半周したところになる。案内看板には片道25分とあるので往復1時間見ればまあいけなくも無いだろう。
足を見ると出血こそしているものの、特にそれで歩けないという程でもない。
私は荷物を置いて身軽になって中に入ることにした。
ただ、ここが思いの外曲者で、オレンジの目印が多いので行くのに迷うことは無かったが、不整地の連続で、噛まれたばかりの足には負担がかかり、最後が洞窟でライトを荷物の中に入れたままにしていたせいで中に入れず折角ここまで来たのに見所を諦める羽目になったばかりか、帰り道では目印を見失って迷ってしまうことになる。
『・・・』
そのまま強行突破というのは傷口を広げるだけの行為だった、一旦目印のある場所まで戻ろうと薮の中をかき分けたとき、右ひざの上部に10本以上の小さな木の棘まで刺さってしまい、さらに傷を増やす。
『うむぅぅぅぅ・・・』
今日の服装は雨に特化したプロフェッショナル・ニュー・スタイルだった。それが仇となり、犬に剥き出しの足を噛まれ、そして膝上に棘がささるという悪循環を生んでいた。そして肝心の雨は未だに全く降る気配すらなかった・・・
ヴァイコナ・ギャザム。中段右にロープがかかっていてそこから中に入れる。下段は迷った所。
ここで犯したロスタイムの所為で、何とか幹線道路に戻った頃、既に15時を過ぎていた。
『・・・』
『頃合いかな・・・』
このまま幹線道路を南下しつつ、途中で車を見かけたら迷わずヒッチすることにした。自力で日没までマケフに戻るのは多分無理だろう・・・
だが、というかこれまでと同様と言うか車はまったく見かけない。H旦那氏に聞いた、この島で一番良かったというトゴ・ギャザムもチラリと看板を見たら片道45分と書いてある。いつの間にか16時となっていので、ここに寄ってしまうと出るころには17:30時。今でさえ無理ゲーに近い帰宅への道のりが今度はミッションインポッシブルへと変わってしまう。まだ明日という日が残っていたので折角近くにいるのに勿体なかったがスルーして先に進むことにした。
しかし東海岸は何もない、さっきのヴァイコナ・ギャザムにしてもシャワーぐらいはと期待していたのになく、トゴ・ギャザムもそれらしい設備は見なかった。
『ちょっと拙いことになってきたな・・・』
ずっと動き続けているので緩やかに体温は上昇している。まだ大丈夫だが、このままだと熱中症や脱水症状も心配しなければいけなくなってくるだろう。しかし、自転車を平坦なところでただ漕いでいるのがメインな筈なのに、出す汗の量と疲労感はいつもよりも激しく感じていた。残念ながら年を経るというのはそういう事なのだろう。20代も2度目となると、もうティーンエイジャーのように無尽蔵に体力が湧き出てくる訳では無いのだ・・・。
『老い』
人間誰しも生きていればその内通る命題が、この時リアルに私の中に浮かんでいた・・・
『そろそろ限界かな・・・』
16時半頃、ハクプの村に到着。周囲を見渡しても誰も居ない、このままではジリ貧になる。たまたま道路脇の家を見ると、そこに停まっている車は開放された荷台のついたステーション・ワゴンで、ロゴ入ってサイレンもついた物だった。こんな車なら自転車を載せるのも簡単なのにと、明らかに人の居なさそうな家を恨めしそうに眺めつつ、また前に進もうとした刹那。私の目の前に一台のセダンが現れて、丁度この家に停車した。運転していたのは、オレンジ色の、日本だと消防関係者にもみえるビブスを付けている男だった。
『コイツだッ!』
彼をハントするのに躊躇は無かった、すぐに手を振って呼び止める。
『すまん、水をくれ』
「どうしたんだ?」
『自転車を漕ぎ続けて、ちょっと体が暑くなってきてるんだ・・・』
「そうか、ならここへ座ってくれ」
彼はテラスのチェアに私を座らせ、冷蔵庫から冷えた水を持ってきてくれる。だが、私の望みはそれとはちょっと違っていた。
『ごめん、水はあるんだ、ただ体温を下げたいからそこの水道で水を浴びさせてくれないか?』
「そういうことか、分かったいいよ」
如何にも南国人と言ったガッシリとした体型の、40才ぐらいで坊主頭のその男は即座に快諾してくれる。さらに洗濯機の横にある水道で、水を蛇口から直接頭にかけていると「こっちの方が楽だぜ」と、洗面器まで持ってきてくれる。
そしてさっき置いていた水の他に、テラスのテーブルには何時の間にか冷凍庫で凍らせた水のペットボトルまで準備してくれていた・・・
『ふぅ、これでもう大丈夫だな・・・』
そう私が落ち着いた頃合いをみて、彼は話しかけてきた
「ウォーレンだ。どうしたんだ?」
『デューク、日本人だ』簡単な挨拶をしてこれまでの経緯を話す。すると私から言い出した訳ではないのに、「なら俺がお前をマケフに送ってやる」と、自転車をさっきの憧れのステーションワゴンに積込んでくれる。
どこまでも親切な男だった・・・
そしてその頃、今までに無く汗が出て疲労していたのは、巻いていたシェイプアップベルトの所為だというもの分かっていた・・・
『どっか途中で外していれば・・・』
違う、そうじゃない。
観光はダイエットだ!
例え志半ばで脱水症状に倒れようとも、そこだけは譲れない一線だったのだ!
決してただ単に付けていたことを忘れていた訳ではない・・・
上左はスルーしたトゴ・ギャザム。右下がハクプ、ウォーレンの車の中から。右下は内陸部の道路。
「デューク、行こうか?」
『ああっ、頼むよ、恩に着る』
彼が、消防や政府関係の人間ではなく、インフラ系の私企業のエンジニアだと分かったのは車で会話をしていた時だった。この車もオーストラリアからニウエに戻る時、船に積めたから持って帰ってきた私物だということだ。最初の見立てとは違ったが、それでも彼のような漢をハントできたのは幸運すぎる程幸運だった。
「デューク、そう言えば犬に噛まれたって言ってたな、病院にも行けよ!」
『もう閉まっているから明日行くよ』
マケフまで送ってもらうのにさらに病院までつけて待たせるなんて悪いと思い断ったが、ウォーレンに半ば強引に病院に連行され、さらに彼は中に入って医者まで探してくれた。
私を診た医師のトーマスも親切で、予防接種の記録帳を宿に置いてきたと話すと、なら今は注射はせずに本当に必要かどうかそれを調べてからまた来なよと無料で傷口に応急処置を施してくれた。ついでに聞いた雀蜂も、刺されて痛いだけなら大丈夫だよと教えてもらえたのでホッとする。
15分程だろうか?処置が終わってまた彼の車に乗ってマケフへと向かう。
「そうだ、デューク、警察に通報すれば人を襲った犬は射殺されるからちゃんと言うんだぞ!」
『ああ、ウォーレン、君のお蔭で助かったよ。ありがとう』
こうして宿まで送ってもらい、簡単に礼を言って彼と別れる。
朝から蜂、犬、棘、脱水直前と四重苦な一日だったが、ウォーレンにトーマス。彼らのような奴らに会えたのならそれはそれで悪くはない一日だったのだろう。
送ってもらったおかげで宿には18時前に着いていたので、今日の惨劇の洗い流しとばかりに夕日を眺めに行く。
マケフからやや南に下った所から夕陽を眺めて
こちらはこの日一日中持っていたのにここでしか使わなかったモンスターで
夕日の赤は幻想的で、今日一日の嫌な出来事もこれで綺麗に洗い流されていく。
そして日が暮れる中、宿に戻る途中で1匹だったがまた犬に追いかけられ、折角洗い流した心にまた泥水が溜められる・・・。
『う、う~ん・・・』
宿に戻りH夫妻と話して、トゴ・ギャザムはスルーして、また確か簡単に行けると聞いていたヴァイコナ・ギャザムも最後の洞窟まで入れなかったと告げると、H旦那氏から「あら、そっちはガイドが居ないとまずいと思ってスルーした方ですよ」と・・・
『・・・、どうやらヴァイコナの棘は単に自爆しただけだったらしい・・・』
そしてシャワーを浴び、傷口の手入れをし、右膝上の棘をピンセットで抜きながら、今日一日は終わりを告げていった・・・
傷口、左足前面は擦り傷がクック諸島の時よりさらにパワーアップ。右は左足のふくらはぎの噛まれた所。
第6章 復活!3Kツーリスト!!
2017.11.09(木)
4thMisson2ndStory(フォース・ミッション・セカンド・ストーリー)、短期決戦タイプのこの任務を始めてから、様々な新機軸を打ち出してきた。だが、クックからこれまでの所、結果はそれ程芳しい物ではない。
こういった時にする事はたった一つ、原点回帰だ。
そう、3Kは3Kでも「汚い、キツイ、危険」ではなく、「綺麗、可愛い、華麗」という私本来のエレガントなスタイルに戻るのだ!
今日は偶に強い雨が降ったり止んだりしていて朝の出足は低調だったが、それは計算の内だった。
自転車を諦めレンタカーを借りる。
負傷と、エレガント回帰の為、今日残りの観光は車でやる決心はついていた。ただ、レンタカーの代金が日付単位なのか24時間単位なのか不明であり、明日は11時チェックアウトの予定だったから、借りるにしても24時間の1日分払いを狙う為に、レンタカー屋に11時ちょっと過ぎに着くように向かうつもりだった。
宿を出たのは雨が上がって大丈夫そうだと思った11時少し前、自転車を借りたニウエレンタルズに行き交渉する。もちろんシェイプアップベルトはつけている。
「えっ?原点回帰は??」
残念ながらプロポーションの維持も「エレガンス」に含まれている、それ以上に昨日も言ったが「観光=ダイエット」だ。例え自転車を止めても、そこだけは死守するポイントだ。
本来の規定がどうかは分からなかったが、ニウエレンタルズの人たちは親切で、レンタカー屋返し(※ニウエでは空港借り、空港返しが一般的)で明日の11時までの24時間で一日分の料金、それも自転車を一日早く返した分、10NZドルを負けてくれて、45NZドル(3600円程度)と良い条件にしてくれた。これで後顧の憂いも無くなった。
借りたトヨタのパッソは、綺麗に手入れされ、当然の様に使えたエアコンを早速つけてみる。宿にエアコンはついてなかったのでこれは嬉しかった。
車を借りて最初に向かったのはスーパーマーケットだ。本当は薬局に行ってガーゼだのテープだのを買おうとしてたのだが、ここに置いていたので必要分購入する。そしてコインショップで少し悩んだが、今は使われてないニウエのコインセットを30NZドルで購入する。実際の金銭的な価値は2ドルもしないし、普段ならあくまでも使われている事を前提にコレクションしていたのだが、ここの記念に何か欲しかったのだ(※以前国庫振興の為に、ディズニーやスターウォーズ、ピカチュウ等の記念貨幣を出していたが現在は製造しておらず、このコイン屋にある物の値段を聞くと小さいので60NZドル、大きいので80NZドルからと言われたので全く食指はのびなかった)。
そして酒屋でビールを一箱買っていく、昨日ウォーレンが飲むと知っていたのでお礼にするつもりだった。
ニウエレンタルズとトヨタのパッソ。左下:奥がコイン屋と酒屋、隣同士。右下はコの字型のショッピングアーケード
買い物を終え、最初に向かったのは病院だった。
昨日予防接種の記録を見ると狂犬病は射っていたがまだ1回だけ、ここで追加接種を受け、「ツーリスト・狂犬列伝」に名を連ねれば「ファースト・チキン」と呼ばれた臆病者ともお別れだ。
受付を終えしばらく待つと呼ばれ、部屋に案内され「体重と血圧」が測定される。
『た、体重っ!』
日本を出る直前は「74.8kg」だった。思えばこれまでずっと公共バスを我慢してシェイプアップベルトを巻いて歩きまくって自転車を漕ぎまくっている。それに出国前と比べると明らかに体は軽く感じていた。間違いなく体重は減っている筈だ!
帰国後に結果が分かればと思っていたが、アクシデントとは言え、ここで中間決算が出るのも悪くは無いだろう・・・、私は重くなりそうな物を身体から外し、軽やかに体重計に乗り込んだ。
「74.8kgね!」
『へっ??』
『何かの間違いでは・・・??』
まあいい、同じ条件同じ体重計でないからこの結果なのだろう。ここが南半球だということも大きく影響しているのかもしれない。
そんな事より犬に噛まれた処置が優先だ!
そして医師の診断を受ける。『狂犬病は射てる?』と聞くと「この国には狂犬病の予防接種は無いから射てないよ」と。そして私の予防接種の記録を見て「こっち(破傷風)を射ってないのが問題だから、ここでやろうか?」と聞いてくる。『あれっ?』破傷風のようなメジャーな予防接種なら見逃す筈は無いし、射っていないとしたら日本で診た専門医が必要ないと判断している筈だった。『これ(成人用DPT)ややってるけど、これだけじゃダメなのかい?』と問いかけると。「うん、破傷風じゃないとね」という事らしい。単純に注射代だけなら10NZドル(800円)なので、まあいいかと射っておく。診断やらなにやらでトータル55NZドル(4400円)だったが、その程度なら安い物だしそもそも保険を掛けているので帰国後請求すれば良いだけだった。だが・・・
『狂犬は日本に持ち越しだな・・・』
今一つはっきりしなかったのが、ここに狂犬病の予防接種の薬が無いだけなのか?この国には狂犬病が存在しないから置いていないのか?という事だった。いずれにしても日本帰国後に専門医を訪ねないといけないだろう・・・
中段以下が病院。座席の薬は傷の炎症を抑える内服薬。
取り敢えずこの国で出来る治療は終わったな・・・
私は昨日見過ごしていたトゴ・ギャザムへと向かう。病院にいた時に一度大雨が降って止んだ事もあり、今日の天気で移動手段を車に変えたのは正解だった。
内陸部を抜けて海岸に近い昨日ウォーレンをハントしたハクプ村へ立ち寄る。日中なので誰も居ないが、昨日のテラスの上にメッセを書いてビールを一箱置いていく。彼とはもう会えないだろうが、せめてもの気持ちは残しておきたかった。
ハクプ村
これで後は残りの観光だ。トゴ・ギャザムからリスタートする
この国一の景勝地とも言われるトゴ・ギャザム。最初に視界が開けて見える珊瑚礁の奇岩風景は圧巻だった。
奥がオアシスみたいになっていた。ここから先に進めそうだったが怪我もあるので無理せず断念。
ここは珊瑚礁の国だ。珊瑚と聞いて真っ先に思い出すのは
「君たちキウィ・パパイア・サンゴだね!」
と言う、古い能天気な歌だと思うが、如何にも南国で弾けるような感じとは、この国には無い。
トゴ・ギャザムから南へ
島南部Avatele村
シーニックホテル、国中の観光客が集まった(と言っても20-30人ぐらい?)ような賑わいを見せていた
次に思い出すのは有名な松田聖子女史の「青い珊瑚礁」だろうか?
左上:ヒーローと一緒に写真を撮ろうと書いていた。中段以下は多分Tamakautoga辺り
だが、その歌詞にあるように、「恋が南の風に乗って走る」ようなことは無く、『風に乗って襲ってきたのは犬』だった・・・
途中で見た採掘場跡?
Amanau
Alofi中心部へ向かって
首都に到着し、昨日と合わせ技でようやく島の一周が終わる。
アロフィ、市中にSea Trackがあったのでそこも見てみた。
なんだかんだ寄り道してたので、時刻は既に17:30時頃だった。
『ふぅ・・・、何とかこれで観光は終わったな・・・』
この島の締めを何にするか?今日は最初から決めていた。
日本食レストラン「KAIIKA」だ。
私は日本食が恋しくなる事が無いので、通常なら選択肢に入らない。だがここでは散々な目にあい、しかも日本に持ち越し分まで残っていた。なので全てが終わったとは言えないこの国を去る前に、何かたった一つだけでも良い区切りを付けて置きたかったのだ。
”誰も知らないような超々超々超マイナー国家でまさかの日本食に舌鼓を打つ”
それが私のこの島のフィナーレだった。
運の良い事に入った時にたまたま日本人のシェフの手がそれほど忙しくなかったようで、数分ほど会話も出来た。そしてその後すぐに混んだ店内でこの島最後のディナーを待つ。
KAIIKA
『・・・』
『・・・・・・』
『えっ?食べてるのはピザじゃないかって???』
いや、ミートピザなんてメニューにあったからつい・・・、それにもう1週間もしないで戻るから日本食は別に良いかなぁと思って・・・
いずれにしてもピザは美味しかった。それで良いだろう・・・
夜の帰り道。左下は買ったガーゼなど。シーツに血が染みている。右下はコインセット
第7章 ニウエ出国
2017.11.10(金)
今日はただもう出るだけだった。朝食を摂ってのんびりしている時にやってきたオーナーにレンタカーは契約でお店返しだから予定通り送ってとお願いすると、じゃあ先にガソリンは入れておいてよと言われたので、面倒だと思いつつも一度アロフィーまで出ることになる。
ガソリンを入れて、中のスタンドで何か飲み物でもと探していると不意に知った顔が現れる。
『ウォーレン!』
「よぉ、デューク、大丈夫かい?」
『あぁ、あの後医者にもまた行ったしね』
「そっか、おっ、ビール有難うな」
『それは助けてもらったこっちのセリフだよ、あの時はありがとうな』
渋々来たガソリンスタンドで、こんなまさかの再会があるなんて・・・
「デューク、いつかまたここに来たら俺を訪ねろよ!」
『あぁ、じゃあまたな』
彼も私も、この先また会う事は無いと思っているのは間違いない。
それでもここでもう一度会えた事は、最後にこの島の神様が与えてくれたご褒美だったのだろう。
彼とガッチリと握手を交わし、別れを告げた。
アロフィーのガソリンスタンド
右上は関係のない写真。他はタートル・ロッジ
宿に戻るとH夫妻は既に出た後だった。しばらく待って、オーナーの車と先ずレンタル屋により、そして空港まで送ってもらう。
空港でしばらくのんびりしていると、H夫妻と初日の日本食レストランの奥さんと息子達が現れる。彼らと会話を楽しみつつ、出国を待っていた。
上段右の柱の横の青いアロハの人が首相と日本食レストランの息子さんが教えてくれた。
予想通りにニュージーランド航空でありながらこれまでとは違ってセルフチェックインシステムの無いカウンターで搭乗手続きを済ませ、出国ロビーでフライトを待つ。そして私を乗せたNZ785便は14:25時の予定通りに離陸する。
何もない筈の超々超々超マイナー国家、ニウエともこれでようやくお別れだった。
だが・・・
私のニウエはまだ終わっていなかった・・・
第8章 狂犬と呼ばれた漢
2017.11.14(火)
帰国した翌日、早速専門医を訪ねる事にした。最初に会社により、お土産を渡してそこから歩いて千駄ヶ谷へと向かう。
道中の景色、建築中の国立競技場も
『いよいよこれで・・・』
そう、今日で「チキン野郎」ともお別れだ、注射を射って「狂犬と呼ばれ、恐れられる漢」になるのだ・・・
辿り着いた千駄ヶ谷インターナショナルクリニックは日本でも数少ない予防接種を専門で扱っている所だった。ファースト・ミッション以前の専門医は今は閉鎖されていたので、昨年旅行再開前にここで大量に薬漬けにして貰っていたのだ。
受付をして簡単な問診を済ませ待っていると、若い(と言っても30代中盤ぐらい)医師が現れる。
「デュークさん、犬に噛まれたのはニウエですよね?」
『ええ・・・』
「ちょっと、これを見てください」
目の前でPCが開かれる。
「今はデータベースもあってニウエには狂犬病が無いから注射は要らないんですよ・・・」
『!!!』
『そ、そんな事もあろうかと少しは予期していたが・・・、でも折角かけた保険で残りの追加接種全てカバーするという目論見がこれでご和算に・・・』
これでは、折角ニウエで犬に噛まれたのに、単なる無駄噛まれだ。
ついでに向こうで射った注射の記録と薬、傷跡をみせると、
「あらっ、向こうの人は分からなかったんですかね?成人DPTに破傷風は含まれてそれよりも強いので破傷風の注射は要らなかったですよ。それに薬も今はオーグメンチンの方が使われているのでそれを処方しておきますよ。あちらでもらった薬はもう飲まなくても良いですよ。傷口は感染していますけど、それを飲んでおけば後は大丈夫です」
『うーん・・・、結果だけみると向こうでした事殆どが徒労に終わったような気が・・・』
まあ、それは仕方が無いことだ。人口1600人の国では医師の数も病院の設備も薬の充足率も比較にはならないだろう。彼らはその時の最善を尽くしてくれたのだから、感謝すべきだった。それにそもそも私では何一つ出来やしなかったのだ。
「一応血液検査もしておきますね」
と、手早くすべての診察を終え、私の異常の無い事が確認する。
これでようやく私のニウエが終わったのだった・・・
千駄ヶ谷インターナショナルクリニック
『それにしても・・・』
何もありようもない国、それが超々超々超マイナー国家・ニウエの筈だった。
だが、ここはこの東城史上稀にみるマイナートラブル宝庫の国だった。
『何故なんだ??』
家に帰ってこの国の歴史を調べ直すとある事に気づいた。
ヨーロッパ史上にこの国が現れたのは1774年、あのキャプテン・クックの来航からだったのだが、そのクックは現地人に上陸を阻止されでいたのだ!!
『今・・・、すべての謎が解き明かされた・・・』
そう、クック諸島で終わったと思っていたが、日本帰国以降まで引き摺る、ここまでの全ての流れが巧妙に仕掛けられたクックの亡霊の罠だったのだ!!(←お気づきかも知れませんが全てが綺麗な自爆です)
間違いない・・・
ふと目を閉じると、完全に消え去っていたはずの彼の笑い声が鮮やかに蘇ってきた。
そう
「クックっクック・・・」
と・・・
そして、チキンを返上し、狂犬になる為だけに上陸したニウエを振り返りこう思う。
どうやらこのプロフェッショナル・・・
『狂犬と呼ばれ損ねた漢』
であったと・・・
—完—