あらすじ
舞台国バヌアツ
その漢はあまりにも全てのことに慣れすぎていた・・・
172ヶ国の新しい国、そして今回のミッションで残す所あとわずか2ヵ国となったここバヌアツ
太平洋屈指と謂えども、そのプロフェッショナルにとっては良くあるただのリゾート国家
ここで起こる何事も、旅行中にありふれるただの平凡な1ページに過ぎない・・・
プロフェッショナルな日常を綴る、激闘の記録には似つかわしくない、そんなストーリーが今ここに明かされる・・・
どうする?ゴルコサーティーワン・・・!
(地図の出典: 国際機関太平洋諸島センターより)
(google mapより)
通貨1バツー=約1.2円、100バツー=120円程度と考えて下さい。
第1章:バウアフィールド国際空港(ポート・ビラ:バヌアツ)
2016.11.07(月)
フライトは順調だった・・・
生憎の曇天、仕事中の合間に半ば無理矢理にとった休暇で楽園と言われる南太平洋の島国を巡るには好ましくない天気、ただ”その漢”はあまり意に介した様子は左程無い。窓から外をちらりと眺めまた視線を前に戻す。
『良くある事だ・・・』
長期、短期を問わず、ベストな景色をピンポイントで狙ったつもりでも必ず見れるとは限らない。神ならぬ身の1ツーリストでは天候までは操れない、それならばどうするか?”その時々の自分の中のベスト”を作ればいいだろう。漢は落胆に似た諦観とは少し違った、何とも言えない、敢えていうなら全てを知り尽くし悟りきった冷静さとでも喩えれば良いのだろうか?そんな表情をしていた・・・
バヌアツへのフライトと到着したバウアフィールド国際空港
14:45 時、予定通り、バヌアツの首都があるエファテ島のバウアフィールド国際空港に到着。
綺麗に洗濯されたシャツに洗い立てでアイロンまでかけられたトレッキングパンツに身を包む彼のスタイルは俗にいう個人旅行者のルーズさとはまるで無縁だった。
ベルトコンベアーからバックパックをピックアップして、用紙に「Nothing to declare((課税品などの)申告無し)」を記入して税関を訪れる。
何もないリゾート国、日本までの帰国チケットも持っている、だが、予想に反して税関のチェックは厳しく、バックを開けて「あれを見せろ、これを見せろ」とあれこれと言ってくる。それも”その漢”をピンポイントで狙うような格好だった。確かに彼の服装はリゾート客のそれでも、ビジネス客のそれでもない、そしてバックパッカーというにはあまりにも清潔で小奇麗だった。それがその場では浮いてしまっていたのかもしれない「猜疑心?好奇心?」カスタムのスタッフの何かにひっかかったのだろう。
ただ、そんな状況であっても後ろを何事もなく通り過ぎるほかの客を尻目に、彼のした仕草は僅かに肩をすくめた程度だ。
「この国は初めてかい?」
『ああ』
確かにこの国は”その漢”にとっては初めての国だった。ただ、彼にとって”新し国を訪れる”というのは「もう172回目の初めて」の事だった・・・
「どんな場所であってもどんなことでも起こりうる」
過去においてこのような事は何度でもあった、彼にとってはこの程度の事は計算に予め織り込み済みだったのだろう。相手の要望に淡々と応えていく。やがて申告すべきような物が何も出てこない彼の荷物の検査を途中で諦め、「どうぞ」と税関を通され無事に入国を果たす。
『さてと・・・』
彼はロビーでひとしきり何かを探していた。ただ探し物が見つからないと思ったのか?一度外に出てゆっくりと一本、煙草をふかしていた。
『空振りかな?』
今回はホテルからのピックアップを事前に予約するつもりだった。ただフリーWi-Fiでしか繋げない彼のスマートフォン事情から今日の朝まで返信が届かなかったため、果たして迎えがいるのかいないのか?不明な状態の入国だったのだ。
煙草を消して再度出国ロビー、およびタクシー乗場を見て回る。東洋人は彼一人、もし相手が目にしたら間違えようも無いだろう。
だが、お目当てのタクシーは見当たらなかった・・・
『駄目みたいだな・・・』
初めての国で予定が最初から狂う、こんなシチュエーションでも彼に焦りは全く見られない。そう、彼はあまりにもこんな事に慣れすぎていたのだ・・・。
『さてと・・・』
彼は一度、空港で働いていると思しき若いスタッフに声をかける。『市内に出るバスってあるかい?』「ここで待ってれば来るよ、150バツーだよ。」『そう、有難う』。そして彼が視界から外れるころ、またもう一人、別の年配の男性にもう一度声をかけて確かめる。内容は変わらずだった。こうして2度聞くには訳がある。最初の一人が知らないまま親切心で適当な事を言うというのは良くあることだからだ、その彼が去ったのを確認してから別の人に聞くというのは、もちろん最初に聞いた人の後にすぐ他の人に同じことを聞くのは失礼だし、場合によってはその人の心を傷つけてしまうからだ。彼はそんな配慮が当然のように出来る漢だった。
『それならバスだな・・・』
彼は旅行界で唯一プロフェッショナルを名乗る漢だ。予約をした時点、返信が来なかった時点、探して見つからなかった時点、そのすべてのタイミングで最初のプランがぽしゃったらどうすれば良いか?代案を事前に準備していたのだろう。代案などは大抵の場合無駄になる、多くの旅行者はそこまで考えていないからいざ事が起きてから迷いもするし判断を誤ったりする。特にその国が安全と言われたりリゾートと言われたりする国なら「そんな事はありえない」とばかりに手を抜いてしまうだろう。だがその漢にとって、たとえここがリベリアの首都モンロビアであろうが、日本の首都東京であろうが、やる事に変わりはなかった・・・。
しばらく待つとミニバスが来る。『ポート・ビラまで行くの?いくら?』「市内まで150バツーだよ」。聞いてた答えと一緒だ。『それじゃあ頼むよ』と、数名いた他の乗客と一緒に乗り込み、『郵便局(GPO)前で降ろしてくれ』と、他の乗客に聞こえるようにドライバーに告げる。そう、こんな分からない国では周りの人に周知しておけばドライバーがもし忘れても親切な誰かが目的地で声をかけてくれるからだ。そして自分の座席の横にバックパックを置き、あたかも「予定通り」という表情で座っていた。
バスと途中の景色
第2章:首都到着(ポート・ビラ:バヌアツ)
20分くらいだろうか?ミニバスはポート・ビラの郵便局前に到着する。今回選んだのは市中の、それもど真ん中にあるビジネスホテルだ。地図上では目的地であるGPOの通りを挟んだ目の前にある。もちろん最安を目指せば市中よりここより安い宿はあったが、短期旅行の、それも仕事の合間のヴァカンスで来ているので少し高くても(といっても1泊5000円程度)、色々と動くには一番効率の良い、このホテルを選んでいたのだ。そしてそれが目的地に公共機関で最安で到達できるという結果にも繋がっていた。
『あそこだな・・・』
見逃すことのないGPOを横目に、通りを渡ったホテルを簡単に探し当てる。
『到着だな・・・』
バックを背負い、大通りの交通量を確かめる、それなりに車通りはあるが大した事は無い。だが、その漢の視線に隙は無かった。
「百里の道は九十九里を持って半ばとせよ」
旅人に限らず多くの人は理屈ではそうだろうけどと軽く流してしまう諺だ。ただ、彼ほどの経験者、それもプロフェッショナルと名乗るほど漢は、いつでもどこでもどんな時でも、基本に忠実だった。
車の流れの切れ目を待ち、現地人と一緒に大通りを渡る。足早に、それも確実にだ。渡り終える直前にも視線を左右に移し、渡った先に何事もない事を確かめる。人が一番気が緩むのは渡り終えた瞬間と知っているからだ。そして彼の辞書に”油断”という文字は無かった・・・。
『左右に俺を狙うような人は居ないな・・・』
ここが安全な国と言われていてもバッグを背負って小奇麗な格好をしている彼はツーリスト以外の何者でもない。どこでターゲットになっているか分からないからそれに備えて行動する。そんなディテールを世界中のどこであっても確実にやってのけるプロフェッショナル・ツーリストの姿がそこにあった・・・
そして・・・
そんなプロフェッショナルの姿が、突然周りの人から消えていった・・・
「ゴツッ!」
彼の視界に映ったのは地面?
そう、躓いたのは僅かな段差、バヌアツの首都ポート・ビラが仕掛けた、ちょっとしたトラップだったのだ。
視界から消えた彼を、そばにいた現地人のグループがびっくりとした表情で見ていたが、彼はすぐに立ち上がり、「こんな事はなんでも無い」とばかりの表情で軽くズボンを払い、また歩き始める。油断の結果?それは違うようだ。どうやらこの「転ぶ」というアクシデンタルな行為も彼にとっては「起こりうるトラブルの一つ」でしかないのだろう。
上段2枚は到着したGPO横。下段左のCentral Innが泊まるホテル。下段右は躓いた段差
彼は膝下を強打していたようだが、そこに視線を映す気配は無かった。レセプションが2階にあるホテルの受付に階段を登って到着する。
『バスで来たけど、ピックアップってやっぱり駄目だったの?』「あれっ?居たはずだけど・・・」
どうやらすれ違いだったらしい。レセプションの女性がドライバーに電話し、私の到着を告げてキャンセルする。
そしてチェックインを済ませ、ホテルのキーを受け取る。あとはのんびりとしてから街の観光でもすればよい。
「ところであなた・・・」
『?』
「ズボンが破れて血が出てるわよ・・・」
『!!!!』
その漢が視線を落とした先には、明らかに転んだ時に出来た物である破れと出血がそこにあった・・・!
ただ、レセの女性にはその驚きの表情は見て取れなかった。彼は『そうだね、部屋で縫うことにするよ』と軽く答えて1フロアー上にある自室へと向かう。
そして部屋に戻ってから改めて自分の足を見直していた。
そう、この程度の些細なトラブルは彼の計画に織り込み済みだったに違いない。
彼はあまりにもこんな事に慣れて・・・
慣れて・・・
なっ、慣れるかぁ~~~!!!
予約のタクシーが空振って、バスで安く上げてシメシメウフフだった筈が・・・筈がぁぁぁぁぁぁっ~・・・
なのにホテル到着直前でコケて・・・コケて・・・、怪我だけならまだしもズボンまで破れるなんてぇぇぇぇぇぇっ!!
フィジーで洗濯もアイロンもバッチリすませ、日本に帰国した時に「これから出国ですか?」と聞かれてもおかしくないくらい小奇麗に仕上げて来たのにぃぃぃぃぃっ・・・
そにれこのズボンは今回の旅行前に新調した物だった。これを店に持ってって修理と考えると手間も時間も料金もかかる・・・。特に料金に関しては持っていく電車賃も考えると明らかにタクシーで空港からここに来るより高くなる事間違いないっ!
観光のラストスパートをかけるべき、ラスト2ヶ国で入国当初にくらった思いかけないダメージ・・・
プロフェッショナルと呼ばれる彼にとっても、この自爆テロ(被害は本人だけ)ともいえるこのアクシデントは全く不慣れな出来事だったに違いないだろう。
『ぐぅおぉぉぉぉぉぉ~・・・、けっ、計算”外”・・・』
結局彼は到着してからすぐに観光に出るに出られず、ポート・ビラで最初にやった事は、ズボンを縫う事と、出血の処置となっていた・・・
『ふえ~ん・・・(涙)』
ズボンを応急処置で縫い合わせた所と出血ヶ所
シャワーで傷跡を洗い流し軟膏を塗って絆創膏でカバーする。そして縫物セットで応急処置を施す。
明らかに想定外の出来事に”無駄”としか言いようのない時間を費やしたが、取り敢えず観光準備を整える。
プロフェッショナルの観光に休息は無い!
ここに来るのは一生に一度あるかないかの出来事だ。これ以上時間を無駄に出来ない。固い決意を胸に秘め、部屋を後にして街へと向かう。表情は相変わらず能面の様だ。
だが、その漢は痛む左足をやや引き摺るように歩きながら心の中でこう叫んでいたに違いない。
そう、
『痛い、痛いよぉ~、お母ちゃ~んっ!!』
と・・・
泊まったホテルとそこの廊下の窓から見た景色
市中での観光の記事は「謎の日常」の「ホット・デイ(ポート・ビラ:バヌアツ)」「 クルーズ・イン・サウスパシフィック(ポート・ビラ:バヌアツ)」をどうぞ
第3章:エピローグ(ポート・ビラ:バヌアツ)
2016.11.09(水)
バヌアツでの初日ではハードラックとダンスるという不幸に見舞われたが、彼はプロフェッショナルなツーリストだった、残る時間を最大限に有効に使いマシーンの如く観光を続け、あとは出国するだけとなった。
早朝の便の為、ホテルを朝04:30時にチェックアウトして空港に向かわなければならないが、彼に抜かりが無い。予め空港までのタクシーを今度こそ事前に手配していたのだ。もちろん前日寝る前に改めてレセに念押しする事も忘れてはいなかった。
『ここで待たせてもらうよ』
と、デスクの前のソファに腰掛けて待つ。
待つことしばし、レセの女性からこんな一言が飛び出してきた・・・
「ごめんなさい、タクシーの運ちゃんが風邪ひいちゃって来れなくなったのよ・・・」
『・・・』
こんな事は良くある些細な出来事の一つに過ぎない・・・
そう思えるほど彼はあまりにもこんな事に慣れて・・・
慣れて・・・
なっ、慣れてたまるかぁ~~~!!!
確かにソロモン諸島を出国するときに「オーナーのアラームをかけ間違えて遅れそうになる(記事は→「第30話 南海の孤島(ナウル)」)というアクシデントはあったが、今回はわざわざそれを本職でやっているタクシーをホテルが外注して、さらに前日に念押しまでしての結果がこれなのだっ!!
『ぐっ、ぐむむぅぅぅぅぅ~』
ただ、そんなひょっとしたらこのまま出国出来なくなるかもしれないという不意打ちなアクシデントでもその漢の表情に変化は見られ・・・
見られ・・・
見られるに決まっているだろっ!!
なんで行きも帰りもこんな目にっ!!!
明らかに狼狽した表情の中、彼の心はこう叫んでいたに違いない。
『ママ~、たちゅけてママ~~~!!!』
と・・・
だが、捨てる神あれば拾う神あり。
「大丈夫、私も一緒に外に出て流しのタクシーを捕まえるわ」
レセの叔母さんの一言に勇気づけられ、というよりも選択肢皆無で大通りに一緒に出て、ほぼ車通りのない夜ではあったが、なんとかタクシーを捕まえる。
「この人1500バツーでお願い」
俗にいうノーマルプライス(定価)で交渉をまとめてくれ、ようやく空港に向かう事が出来たのだった。
ふと思えばレセの叔母ちゃんが「タクシー会社に連絡して代車を手配する」というのがどノーマルな解決策だったような気がしないでもないが、「旅行ではどんなことでも起こりうる」。今回は今回で解決した。なので問題は無いのだろう・・・。
そう思えるほど、彼はこの手のトラブルに慣れて・・・
慣れて・・・
な、慣れたくねぇぇぇぇぇぇっ!!
確かに旅行ではどんな事でもあるだろう。ただ、何で仕事の合間のヴァカンスで来ていて、それなりにお金を払って楽にしようと手配も完璧に済ませてるのに結果すべて空振りに終わるとは、如何にプロフェッショナルな彼と謂えども容易に受け入れられる事ではなかったのだ・・・
結局タクシーはフライトに十分間に合う時間に到着。帳尻だけみれば結果オーライという奴だった。
早朝の為、お店も殆ど閉まっていて、出発前に何とか開いた免税店でも特に欲しい物は無い。
到着したバウアフィールド国際空港とその中。
やがて出発の時間となり、後部タラップから機中に入り、そしてこの旅行で8回目となる機上の人となった・・・
フライトは順調だった。
彼は去りゆくバヌアツを眺め、この国の出来事を思い返していた。何かあったようで実は何も無い、そんな旅の一コマ。
『結局の所、ここもいつもと同じく入国して観光して出国しての繰り返しだった』
そう、彼はあまりにも全ての事に慣れ過ぎていたのだ・・・
そして、向かうはこのミッション最後の国、プロフェッショナルにとってまた新しい「過去何度も繰り返してきた初めて」が始まるのだった・・・
バヌアツを後にして
—完—