日本
2008.12.08(月)
11月24日・・・
フランクフルト空港を後にして香港でトランジットして成田空港へ・・・
空港から家へ向かう。
これでサードミッションは図らずも日本発アメリカ大陸へ、そしてアメリカ大陸発(実際はカリブ海の島からだが)ヨーロッパへ、そしてヨーロッパ発日本と初めての世界一周というおまけも付いた。
久しぶりに乗る日本の列車、見慣れたと思った景色、そんな何気ない光景が妙に心に沁みる・・・
家に戻り、荷物を降ろして中を空にした時・・・
心が「お前の旅行は終わったのだ」と告げていた・・・
実家に戻ってから2週間が経っている。この間旅行中に出会った友人や日本にいた友人達に出会い簡単に報告を済ましたり、海外から日本に送っていた荷物や写真を整理したりして過ごしていた。
2004年の12月18日、アエロフロートのモスクワトランジットで降り立ったエジプト・カイロの空港。
そこから始めた首都狙撃任務。
最初に描いていたプランは3年計画だったが結局日本への一時帰国を3度挟み足掛け4年かかった。この間に歴訪した国は160を越え、訪れた都市も400は下らないだろう。
それでも全てが終わった訳ではない、まだ見ぬ国は40ヶ国近くある。
この4年間、私は行ける限りの全ての国をへ行こうと本気だったし必死だった。でも全部行く事は叶わなかった。
今、実感としてこう思う。
「世界はとてつもなく広かった。」
と。
「旅行をもうやめるのか?」
それは違う、旅行に倦んだ訳でも飽きた訳でもない。好奇心の泉はまだ枯れ果ててはいない。これだけ旅行して分かった事は「やっぱり旅行が好きなんだ」という単純な事。
見知らぬ国で、言葉の喋れないまま数々の場所を訪れた事。
その経験はかけがえなく大きい。
間違いなく今回のミッションは私の血となり肉となり私を大きく成長させてくれた。
その証拠にウエストで5cm体重は3kg増え、以前購入していた殆どのズボンが入らなくなっている。
「早く痩せなければ・・・・」
ただ、残念ながら経済的にこれ以上立て続けに出撃する事は出来ない。
まだ1,2ヶ月は持ちこたえるだけの金はあるが、これも職が見つからなかったらジリ貧だ。どうする事も出来やしない。それに来年1月で20才になる、20才と言えば「不惑の年」だ。そろそろ老成して落ち着かなければ状況は悪くなって行く一方だ。
だから今までの様に1年単位で計画してという旅行をやる事はもうない。
勿論、私の人生において、旅行と離れる事はこの先無いだろうが、それは今までの様なスタイルではなく、働きながら余暇を見て行き残した国を一つ二つずつという形に成らざるを得ないだろう。
次の出撃が何時になるか?言おうにも今は分からない。その前に先ずやる事があるからだ。
「労働」
これが次のミッションのタイトルだ。この任務に先ずは全力を尽くすしかないだろう・・・
だから旅行中にほぼリアルタイムで書き続けてきたこのブログ「謎の日常」はこれをもってラストの記事にする。
私を知るものは
「そんなこと言ってまたすぐ出て『謎の日常』を書いてるんじゃないの?」
と思うかもしれないが・・・
私は公爵(デューク)であるが、ここは尊敬する男爵の言葉を借りて、この長きに渡ったブログ「謎の日常」の締めくくりとさせていただきたい。
「こっ、こんどばかりはネタではありません。 ほ 本当にさよならです」
と・・・