サナアに背を向けて・・・(ムカッラ⇒サナア⇒アデン:イエメン)

 イエメン




2006.04.14(金)


 出発してからしばらくして日付変更線を越え翌日になる。


夜の休憩所で



 次の目的地はサナア、バスの終点はそこだ。


 到着してからその先は・・・


 イエメンで旅行者に一番の見所に挙げられているのはこの首都サナアだ。当初の予定は南から周回してここを最終到着地にしてここを起点に色々と観光するという絵を書いていた。だが先にサナアに着くとその予定が大幅に変更になってしまう。

 『どうしたものか・・・』 


 数か所の検問を過ぎ、その都度パスポートとパーミットのコピーをバスのスタッフに預けて渡しながら考え続けている内にまどろみの中に堕ちていった・・・


 朝07:00時頃目が覚める。日は昇り辺りは明るくなっている。それに周りの景色、もうサナア近郊まで到着している。

 やがて明らかにサナア市街と思われる光景が目に飛び込んできた・・・

バスから見たサナアの遠景
 



 『・・・!』


 これは・・・、旅行者同士の噂に上がる首都サナア。

 世界最古の町の一つで2500年以上の歴史を持ち、その城壁に囲まれた旧市街の街並は世界最古の摩天楼都市とと言われる街 ・・・

 遠目でも分かるその雰囲気、近付くにつれて私の心の中のアラームがどんどん音を大きく鳴り響いていく・・・


 バスが旧市街の入口、「バーバルヤマン(イエメン門)」を視界に納めた時、私の警報音はマックスを告げていた・・・


バスの中から、正面がバーバルヤマンと旧市街



 『ヤバい、このままではこの街に引き込まれてしまう!』


 私はこれまで数多くの都市を見ている、当然この様な感覚は何度も経験している。だが、それはあくまでも予定地に到着した時の事だ。それならば到着と同時に観光すればいいだけの事だった。

 だが、今回違っているのは「ここが予定外で立ち寄った場所だった」と言う事だ。

 私は美味しい物は最後に食べるタイプだ。目の前にあるサナア旧市街、噂であらかじめ聞いていた事もあるがパッと見ただけで「イエメンで私のプロフェッショナル心を一番満足させるのはここだっ!」と、分かるほど、見てみたい都市である事はもう疑い様も無かった。

 (ここはこのままサナアに・・・)

 それは確かにありだろう。

 私は目を閉じて呼吸を整える。

 (さて、どうするか・・・)

 目の前にあるのは間違いなく極上のデザートだ。予定外とはいえ見逃すのはあまりにも惜しい、それだけこの都市に惹かれている自分に気付いている。


 バスはバーバルヤマンの近くに停車、門まで50mも無い。目を上げると旧市街は私の手の届く所にある。

 (良し、先にここに着くのも何か理由があっての事だ、朝も早いし見る時間もあるからここで泊まってしまうか・・・)


 そう考え始めた矢先に私の頭の中に声が響いた。

 『アデンへお行きなさい、デューク!あなたが今休む場所はこの都市では無い筈です!(プロフェッショナルの心の声、999のメーテル風)』


 一瞬で我に返る。そうだ、私がまず行くのはアデンだ。まだサナアでは無い。

 サナアは予定通り最後に見てこそだ。

 今恐らく極上と思えるこの街をゆっくりとみてしまうと他の都市を見た時にこの街との対比ばかりするようになり楽しめなくなる。


 旅行で一番必要なのは『ギャップ』と言うヤツだ。極上を先に見て後がそれ以下なら見る必要は無い、大抵の人はそう考えるだろう。私にした所でそう思わなくもない、だが私は元々アラビア半島で物価が安く旅行者に評判のいいイエメンは周遊出来る限り周遊したかった。

 そう考えると「いきなりクライマックス」とも言えるサナア宿泊は今後のイエメン周遊にはあまりにも早すぎるタイミングになるだろう。


 私の中の”マシーン”と呼ばれる心の部分が覚醒する。

 (良し、こうなったら速攻でここは離脱だ、アデン行を探そう)

 決意が決まったら行動は早い。

 バーバルヤマン門から旧市街に入らないように城壁沿いの道を歩きながらアデン行のバスを探す。

 マシーンと化している私にチラ見をさせるほと隣の旧市街は魅力的に移っていたが敢えてそれを無視して『アデン、アデン』と夢遊病者の様に探し、バーバルヤマン付近の最初のバス会社に聞いてみると「あっちの会社だ」とずっと向こうの方の会社を教えられる。

 それならばと直に移動してそこに到着して聞いてみると「アデン行は無い」とのつれない返答だ。

 くそぅ、とばかりにダッバーブ(サナア市内の乗合シェアタク)でまたバーバルヤマンに戻って最初に行ったバス会社に再度聞くと今度はそっけなく「あっちだ」と返される。

 (畜生、お前らが行ったからわざわざ訪ねてみたのに・・・)

 瞬間、流石に頭にきて道路に出て自分の30kgぐらいある荷物を地面に投げつけ思わず蹴りをいれてしまう。周りのイエメン人が思わず注目してしまうような行動だった。

 そう、バス会社に罪は無い。ただ先ほどのギャップの話ではないが「イエメン人は親切」という前情報のせいでブラックアフリカでは当たり前すぎて怒る気もしなかった(キレたフリはちょくちょくしていたが)賄賂だのちょっとした不親切な応対だのを感じるとそのギャップのせいで怒ってしまうようになっていたのだ。

 良からぬ傾向である事は確かだ、『旅行界きっての穏健派』と言われしかもマシーンと化した状態にある今、幾ら移動直後の寝不足で疲労しているとは言え感情を表に出す行動をしてしまうとは・・・

 ただ流石に私はプロフェッショナルだった。一度感情を爆発させたら後は冷静になるだけだ。 

 自分のとった行動に少し反省していると近くに荷物を持ってバスを待っている人がいる。これは聞いてみる価値はあるだろうと『アデンか?』と訪ねると「そうだ、これから来る」との答えだ。

 どこまでが本当なのかそれとも眉唾か?ちょっと落ち着いてゆっくりと探せばアデン行は見つかるのだろうがサナアで時間があるという事はついついサナアを見てしまって動けなくなると思っていた私は一刻も早くこの街から出たかった。

 そこで彼の横でまっているとYemticoのバスが来る。中に乗客はいるがまだ席はありそうだ。

 ちょっとやきもきしたがなんとか座席をゲットしてバスは出発。08:40分だったので1時間ちょっとサナアを彷徨っていた事になる、この時間でアデン行を探して乗れれたので結果としては上出来だろう。


 『ふぅ~』

 自らの僥倖に感謝しつつ安堵の息が漏れたのはいうまでも無い事だろう。

 イエメン有数のバス会社であるYemtico、エアコンが効いていたのは流石と思ったがシートのリクライニングは壊れていた・・・


途中の休憩所で。



こちらも途中の町で







アデンへ向かう道中で、ちなみにサナアは約2300mの高地にある都市なのでワインディング・ロードも結構通る



 アデンまでは国土の約2/3を縦断する旅だ。

 とはいいつつ朝の出発なら日暮れまでには到着する。16:00時を過ぎた頃、バスはアデン郊外に突入していた。

アデン郊外


 


 旧社会主義国であった南イエメンの首都アデンはサナアとはまるで都市の景観を示していた・・・

 アデンは港街だ。バスはそのまま道を進みやがて海が見えてくる。


バスから眺めたアデンの海




 ここがサナアより楽しめる都市かどうか、まだ見てない今は当然分からない。ただ私の中で「ここに先に来て良かった」という確証めいたものは感じていた。


 バスは16;30時に市街の中心付近に到着

バスが到着した付近。



 到着して宿を探す。ガイドブックを見ると「フランスの詩人アルチュール・ランボー」が住んでいた場所が今泊まれるようになっている」と書いてある。

 この詩人ランボーの名はエチオピアのハラルでもそのゆかりの場所を訪ねているので既に知っていた。

 バスが到着したのはアデンのクレーター地区、この場所も同じクレーター地区内。宿泊先のロケーションとしては願ったりかなったりだ。

 立地条件も良く、この詩人ゆかりの場所というのも気になって「メゾン・ランボー」という所を訪ねるとあっさりと「宿泊OK」という話になる。値段は交渉して2150イエメン・リアル(1200~1300円程度)。

 それくらいなら良いだろうと宿を取り、ランボーの住んでいた部屋を聞くと「お前さんが今寝ているよ!」と返答が!


これがランボー・ハウス、あまり歴史的所縁があるようには見えないのが難点。黄色い看板にRANBOWと書いて無ければ多分見逃す


建物の中、左は私の泊まった部屋。
 


 旅行界きっての”詩人”と呼ばれ、ポエマーとの異名を奉られるほどのロマンティストたるこの私だ。
 
 19世紀の偉大な詩人、アルチュール・ランボーが住んでいた建物にダメ元で行ったら部屋が取れ、さらにその人が住んでいた部屋にピンポイントで泊まれるなんて・・・


 それにランボーの作品と言えば当然このプロフェッショナル・クラスの教養を持つ私には御馴染、というよりも熟知していると言っていいだろう。

 好きな作品は多数あるが特に私の気に行ったのを数点挙げると最初に世界に衝撃を与えた「怒りの脱出」、そして私の最もお気に入りの「怒りのアフガン」、またその続編として「最後の脱出」等があるだろう。

 ディテールについて少し難点があるとしたらどう考えてもそんな奴はいないという「片手でバズーカや機関銃」を平気で撃ったり、歩く火薬庫みたいにジャラジャラと装備品を身につけ「こいつ本気で隠密行動する気はあるのか?」と思わせる表現があったりと、リアリズムに関しては少し欠けるものの大衆受けする演出と考えるとこの詩人のイマジネーションには軍配をあげなければならないだろう。

 そしてこの際だから雰囲気と言った者勝ちという所で「偉大なる詩人が住んでいた部屋に泊まったエレガントなツーリスト」として私はこれからは「偉大なるエレガントな詩人ツーリスト」と名乗ってもおかしくは無いだろう。いやっ、断固そうすることに決めた!

 この思わぬ幸運は私に「サナアに背を向けて先にアデンに来て良かった」と十分に思わせる出来事だった。

 テンションも上がり街に出る

宿の目の前にある尖塔、右は宿の部屋から、ランボーも同じ景色を眺めていた・・・
 


アデン・クレーター地区



 到着したのが夕方だったので日はすぐに落ちていく。

 アデンで見た夕日は今まで見た事の無い不思議な光景だった

夕日



 『・・・』


 『・・・・・・』


 ムカッラから続いた連続の移動、イエメン最大の見所であるサナアを見ずにアデンまで一気に訪れた私の選択。

 マシーンと呼ばれたこのプロフェッショナルの合理的判断がうんだ最大の好結果。

 ”自画自賛”と言われるかもしれないが私以外ではいくら後でサナアに寄るからと言って同じ判断は出来ないだろう。

 心・技・体、全てを兼ね備えた私だからこそこういった旅行が成り立つのだ。


 私は宿に戻り、かつてランボーがしていたように宿の窓からミナレットを眺める

宿からの写真は撮らなかったのでこちは下から・・・



 『ふぅ~・・・』


 煙草に火を点け、ゆっくりとくゆらせる、ランボーの住んでいた部屋を眺めながら「本日の成果」という物をかみしめようとしていた・・・


 と、その時・・・


 何やら小さな音が・・・それも無数に聞こえてくる・・・


 『・・・!!』


 『あっ!ゴキブリだ!!』


 日本で見るような中型のゴキではない、全長1cm程度のゴキが見る限り100匹以上は部屋に生息している・・・


 『あぎゃぁぁぁぁぁぁ~・・・・!』


 別段ゴキブリが苦手と言う訳ではない、ただロマンチックな気分で勝利の余韻に浸っていた今、このゴキブリの大軍は元寇にも近い突然の襲来だった。

 アメリカ人なら「リメンバー・パール・ハーバー」と叫んでもいいレベルであり、かのランボーであっても片手にバズーカ、片手に機関銃をぶっ放しても誰もケチをつけないレベルの出来事だった。


 私は泡を食って外に飛び出す。


 パニックに陥りそうにはなっていたが私の中のコンピューターは次に取るべき行動を正確に選択していた・・・


 『そうだっ!殺虫剤だっ!!』


 メゾン・ランボーのすぐ近くにショッピング・センター(日本ではスーパー程度の規模)があったのを瞬時に思い出す。
 そこでスプレーを迷わず2缶買う。値段を気にする場合でもその余裕も無かった・・・

 そして部屋に戻り1缶は半狂乱になる気持ちと闘いつつ空にする勢いでゴキブリの密集地に散布する。

 
 『ふぅぅぅぅぅ~・・・・』
 
 ようやくこれで大丈夫だと思えたのは最初にゴキを発見してから既に1時間以上も経過した後のことだった・・・


 アデン・・・


 サナアに背を向けてまできたこの都市・・・


 ランボー・ハウスに泊まれるという幸運があったと思いきやランボー者のゴキブリ達の大軍と戦う事を余儀なくされたこの街で・・・



 先ほどまであった私の確証が音を立てて崩れていくのが良く分かる。

 そう、今の私の一番の気持ちは以下の一文に要約されるだろう。


 『アデンに来て本当に良かった・・・・のか??』


 と・・・






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