あるイタリア人との会話(ビサウ:ギニアビサウ)

 ギニアビサウ




2005.12.26(月)-27(火)

 ビサウの街について真っ先に探したのはマッハ加藤氏に教えてもらった「ウンナメッド・ホテル」だ。語幹から言ってアラビア語の響きを持つこのホテル、英語で書くと「Unnamed Hotel」となる。彼もひょっとしたらと言っていたが実はこれは「アンネイムド・ホテル(名無しのホテル)」と言うのが正解だった。

 レセプション等はなく、一回に入ってドアをノックすると出てくるおばさんに宿泊したい旨を告げると部屋があてがわれる。

 部屋はかなり綺麗だった。

 タビフーフが泊まった宿は良くないと彼らが言っていたので同じ料金で泊まれるこのホテルをマッハ加藤が探し当ててくれていた事には感謝しなければならないだろう。

これがその「アンネイムド・ホテル」
 


 宿が決まれば観光だ。

 ビサウ・・・

 ギニアビサウの首都・・・

 この首都は世界有数のしょぼさで知られている。

 というかギニアビサウの首都なんて殆どの人が気にしないから「全く知られていない」と言った方が適切だろうか?

 隣のギニアも小国だがここはそれ以上に小さい、首都もさらにコンパクトで人もそれほど多くない。

教会とその中
 

中心街のメインストリートの一つ


市街の中心になる国民英雄広場


そしてこの街一番の見所と言えるであろう破壊された旧大統領邸、お見事!


そしてその旧大統領邸に向かって左側にある新築の建物、現地の人に聞いたら現首相邸と言っていたが真偽の程は分からず。


これもメインストリートの一つ。



 街を歩いている時に一人のイタリア人観光客ロベルトと知りあう事になる。明日出発する彼が「いいピザ屋がある」と誘いをかけてきたのでローカルフードの連続で飽きてきていた私には丁度いい贅沢と思い一緒にレストランで食べる事にした。

 現地の物価から考えると明らかに奢侈と思える3000CFA(約600円)のするピザを出すそのレストランは停電首都の中、かなり微妙な自家発電機で何とか明りをとる有様だったが久しぶりの御馳走だ。ほのかな明かりを頼りにピザに舌鼓み打つ。

これがピザ!嬉しい~!!


 ロベルトは仕事の休暇でビサウの観光地であるブバック島を訪れてまたイタリアに戻ると言っていた。

 彼に私の旅を聞かれて「アフリカを一周している途中でビサウを見たらガンビアに行く予定だ」と説明をすると彼は不思議そうな顔をしてこう聞いてきた。

 「ブバック島にはいかないのかい?」

 もちろんまったく興味が無い訳ではない、見知らぬ土地を訪れたがるのはツーリストの本能みたいなものだ。ただ予算も時間も制限はある。
 私の場合のターゲットはあくまでも首都狙撃だ。目減りする財布の中身と相談するとブバック島は仕留めるターゲットに入っていなかった。

 『ああ、それほど見たいとは思ってないからね』

 「へー、でもブバック島がこの国で一番の観光地だぜ、このビサウなんて何もない街だ、ここを見て次にもういっちゃうなんて何のための観光なんだ?」

 『お前さんの言う事も分かるよ、ただ俺が一番興味があるのは首都を見ることでそれが終われば他にかなり興味があるものが無ければ先に進むね』

 「せっかくここまで来てブバック島に行かないなんて・・・馬鹿げているぜ、それにビサウにいるのも2,3泊なんだろう?それでこの国を見たって言えるのかい?」

 彼の考えも尤もだ、彼はこの国にピンポイントで訪れてこの国の対外的に最大の観光地に行ってきている。この国が彼のメインターゲットだ。
 だが私は違っていた・・・

 『あんたの考えも良く分かる、だが予算も時間も限りはあるんだぜ、だったら俺は俺が一番見たい物を中心に使う事にしているんだ』

 「そうだろうけど・・・でも・・・そんなに早く移動して行ってしまうなんて馬鹿げている・・・」

 彼は納得はいかないようだった。

 私にしてももっと説明しようかとも思ったがおそらく彼は理解しないだろうと思い、また久しぶりのピザを楽しむのに無粋な話で余計な気をまわしたくなかったのでそこは適当に相槌を打って久しぶりの旅行者との会話を楽しんで別れる事にした。

 翌日朝ホテルを出てまた市内の観光を始める。

市内の中心街


国民英雄広場のモニュメント


微妙に距離を変えて


観光にはやっぱり外せない旧大統領邸


元映画館


中心部にあるまた別の広場


街並
 

こちらも中心街、左は中央郵便局
 

偉大なる誰かさんのモニュメント



 見所がそれほどある訳でもないビサウの街並、私は街を観光する道すがら、私は昨日会ったロベルトが言っていた事を考えていた。

 旅行をして1年以上が過ぎた今、彼の問いかけは私の中で”私の旅行”を今一度整理するいいきっかけとなっていたのだ。



変に近代的に見えたモニュメント、これが現代アートに見えてしまうあたりにアフリカ生活が長かった事が偲ばれる


これは港付近から


港、一応港付近に要塞があったが軍事施設だったので写真は撮らず。


湾に並行して走る道路、でも海が全く見えない(右側の青い塀の向こうは港)


見所が皆無に等しいこの街でとりあえず撮ってみたモニュメント



 「2,3日で見れるのかい?」

 私がロベルトに言わなかった事。

 横断型、縦断型と言うある程度長期の旅行をやった者なら多分理解するだろう。

 問題は滞在した日数ではない、密度だ。

 日数の長さに意味が無いとは言わないが・・・

 たった一日でも10日分、ひょっとしたら1カ月分の経験を一気にする事になる、そんな経験は長期旅行者ならしたことがあるに違いない。

 たとえばタイに半年居る、居心地のいいドミトリーで落ち着き安い滞在費でネットカフェで日本の漫画を読み日本人のコミュニティーの中に埋没する”外こもり”の様な生活、期間が長くても現地の人とは接触を持たずタイ語など当然覚えない。そういったケースではいくら滞在期間がそこそこにあったところで海外を観るという意味では何の役にも立たないのだ。

 或いはその国のメインディッシュともいうべき比較的ツーリスティックな観光地を訪れてローカルとかけ離れた観光生活を楽しんで「この国は良かったまた来たい」というケース。これもその国の一面に過ぎない。

 そもそもツーリスティックな場所などはその国でも「特別な場所」だ。たとえばサファリで有名なケニアでは生まれてから一度もライオンを見ずに死んでしまう人間の方が大多数だ。それなのに”ケニアはサファリの国”と断言するのは間違いだろう。


中心から少し離れたホテル・ビサウに訪れる途中の道で。


市の中心から少し離れると道幅は広い


旧シェラトンホテルでもあるホテル・ビサウ
 

ここを訪れのはみやげ物屋に観光マップがあれば買いたかったのとおなじみのアイスコーヒーを特注したかったから。
  

ビサウ一のホテルにそぐわない鳥たちの群れ



 勿論密度と言ってもたったの2,3日ではその限界はある。

 欲をいうならば少なくとも一年以上滞在してその国の年間での移り変わりを見てという形になるだろが世界には約200の国がある、となると200年かかる、とても生きてはいられない。1か月ならと言っても200カ月、15年以上はかかる、これも現実的ではない。 

 それに例えば今まで日本で自分が住んでいたところを本当に見て知っているのか?というと自信を持って「そうだ」と言えるものなどおそらくいやしないだろう。

 個人個人それぞれの感性、物の見方が異なるものである以上、どの国にどれだけいてどう見ようともあくまでも「その人の中での世界」に過ぎない。

 じゃあどうするかと言うと「私の中で納得行く形」で持っている予算と時間の中で自分の見たいものを絞り込んでその最大限の効果が得られる手法を取るしかないだろう。

 行ける限りの全ての国を行く。私のやりたい事はこれだ。
 
 そうなればただ無目的に行ってだらだらと滞在するではなく観光の目的を決めてその限られた滞在期間の中で自分の出せる最大限の観光をするならば少なくともその滞在日数分以上の効果は得れるだろう。

 そこで出した結論が様々な地方から人が集まり、その国のステレオタイプが比較的感じやすい首都を訪れる事を中心にそのほか興味のある史跡などを絡めながらルートを選定する「首都狙撃スタイル」だったのだ。


ホテルを出てからの路上で


なんとなく撮っちゃったモスク、綺麗だったんだもん。


元シェラトンから市街に戻る。


ビサウにしては綺麗なレストラン併設のガソリンスタンド




 ”旅行とはその旅行者本人が納得すればいい”

 詰まる話旅行とはそういうものだ。

 それぞれがそれぞれの思いのままに行動すればいい。私は誰の旅行も否定はしないが私自身の旅行を誰かに否定される気も無い。


 これは私の私による私自身の旅行なのだ。



国立博物館
 

中も見たけど写真意欲をそそるものは無かった・・・






 勿論各人様々な意見があるのかもしれないが・・・

 旅行者は自分の住んでいる一つの所にとどまっていては気付かない、多様性を見るために旅行しているのではないのか?そうなれば旅行者そのものの多様性というヤツも受け入れるのが旅行者ではないのだろうか?

 しょぼくれたビサウの街並を散策しながらそういった事を考えてしまっていた・・・




マーケットエリアに近づいて






人が結構賑わっているが他国と比べればこじんまりしている。


まだ建築中だったNational Assembly




 今ここで、もう一度私自身の旅行を振り返ってみる。

 通り過ぎた国、通り過ぎた街並み、接触を持った人々・・・

 徐々にではあるが確立してきた自分自身の旅行のスタイル、そして旅行への思い・・・

 今までの私にはもうすでに莫大な数の記憶が刻み込まれている。

 旅行で大事なのは”記憶”、ただ私のように高速移動を繰り返し、様々な地域をまたがり旅を続けていくとその全ての”記憶を”を心に刻み込み続けるというのは不可能だ。それに記憶といった曖昧なものは年を経るにつれ思い込みで様々な誇張表現が付きその時の思い出が必要以上に美化されたり、また不必要なまでに偏向がかった物の見方になってしまうのだろう。

 ”一生忘れない思い出を心に残す”

 その思い出というヤツに本人がフィルターをかけてしまうのだ。

 記憶とは本来そんなものなのかもしれないが・・・

 それでは旅行の本質からは外れてしまうのだろう。

 そう、大事なのは”記憶”なんかじゃぁない。

 今まで続けてきた事を自らをも第一者的、主観的に眺めた上でつづる”記録”こそが重要なのだ。




そしてまた市の中心街へ






またもや破壊された旧大統領邸




 ビサウの街を歩き終え、昨日と同じピザを食べる、ローカルフードが続いていたので余程ピザが恋しかったのだろう。現地の物価から考えると嗜好品の部類に属する金額を払っているがそんなことは気にしていない。


 そしてホテルに戻り、ベッドでくつろぎながら「私自身の旅行とは何か?」を纏めていた。




 これまで培ってきた数多くの経験、その全てを内包して思う事・・・



 大切な事はその国で過ごした日数や観光した場所の数、そして心に刻み込んだ数々の思い出等では断じてなかった。


 私の旅行で一番大事だった物は”記憶ではなく記録”だったのだ。

 心に刻み込んだメモリーではなく写真を溜め込んだメモリーカードだったのだ!




 それに気付いた今、私はプロフェッショナルとしてこう確信する。


 「旅行には感動などといった余計な感情は必要ない。”ただ事を終わらす”とだけ考えればいい」


 と・・・


 そしてその為に、このプロフェッショナル・・・


 今後の旅には感動など特に求めず、”観光効率”のみ考えて旅行する「観光マシーン」になることこそがこのデューク・東城のやるべき旅行である。

 と・・・




 『・・・』


 『・・・・・・』


 『結論をなにか間違えたような気がする・・・・』




他の国ではあまり撮影してなかった路上売店カラフルな視覚が楽しい。
 

路上売店で買った日本で言うフリスクみたいなお菓子







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