公共バスで1時間、ティパザのバス停で降りてさらに10分…
遺跡そのものはローマの遺跡などに別段興味があるわけでも詳しい訳でもないので良いのか悪いのかを人に伝える事など出来はしないが、そこで出会ったものはこの「プロフェッショナル・デューク東城」をもってしても予想が出来なかっただけに驚愕させられた…
遺跡の中を歩いていると何故か日本語が耳に流れてくる、そのまま歩いていくと20人ぐらいの集団が…、一様にご年配の方々で、その内我慢できなくなりその中の一人に話しかけてしまった…
聞けば去年からツアーが再開されたらしくそれで訪れているとの事らしいが…
それにしても
「何故、アルジェリアに…?」
この疑問は時間が足りずに聞くことが出来なかった…
確かに世界遺産も多いし見所には不自由はないのだろう。しかし老後にツアーとはいえ来る場所なのだろか?おそらく金額はヨーロッパツアー等に比べれば破格に高い筈だし、快適さも及ぶべくものではないだろう…、それに情勢は落ち着き始めているとはいえ「危険」であることには変わりない。私が彼らと同じ年代なら「快適で楽で楽しくて安い」ツアーを選択することは間違いないだろう。この国に単独で入っている私が言うのもなんだが、もし私の両親が「ツアーで行く」といったら間違いなく反対していたことだろう…
確かめなかったが私の中には確信に近い答えが浮かんできた…
「彼らは最後の一花を咲かせようとしているのかもしれない」と…
ツアーとはいえ、個人旅行者が殆ど訪れない危険な国を観光地として選び、そしてそこを観光する中で「残る命の灯火」を煌かせ続ける…、残された時間はまだ十分にあるし資金も不自由しているわけではないだろう…。人生の酸いも甘いも吸い尽くした彼らにとって残る懸案は「人生のフィナーレ」だけなのかもしれない…
彼らにとっては退職後の余生をエキサイティングに使う
「命懸けのゲーム」
なのだろう。
中には殆どの世界中の国を訪れていた「歴戦の勇士」もいたのかもしれない…
それにしても…
恐るべきは彼らたちのバイタリティーであり、集団ならば危険な国にでも入れるという日本人本来の強さである…
「恐るべきは、団体の日本人...!」
その感を強くした「世界遺産訪問」であった…
ちなみにこの国ではローマ時代の遺跡などゴロゴロと転がっているので別段珍しくもなんともなく、私の見た「日本人団体客」の方が遥かに珍しいものであり、驚きに値するものであろう。
この「プロフェッショナル・デューク東城」…、折角見た「遺跡の記憶」が彼らの登場により全て吹っ飛んでいってしまった…
写真はティパサの近くにある「何気ない景色の中に古代の遺産が息づく」シェルシェル(旧カエサル・モーリタニアの首都)の風景…