アルメニア

トビリシ(グルジア:現ジョージア)→エレバン(アルメニア)

基礎データ(旅行人ノート シルクロード改訂版2006年発行より抜粋し一部加筆)
1.面積:2万9,800平方キロメートル(日本の約13分の1)321万人(2004年)
3.首都:エレバン(人口約127万人)(2003年)
4.民族:アルメニア系(93%)、ロシア系(2%)、その他(5%)
5.言語:公用語はアルメニア語(インド・ヨーロッパ語族に属し、独立の一語派をなす。独自の文字を持つ)
6.宗教:主としてキリスト教(東方諸教会系のアルメニア教会)。
 ※アルメニアは、国家として、また民族としても、世界で最初に公式にキリスト教を受容した国(301年)。
7.通貨:ドラム(AMD)、補助通貨1ドラム=100ルーマ。レートは2007年時の100ドラム≒40円で計算。

※この辺りの地域は一般的にカフカス、カフカ―ス、コーカサス等様々に呼ばれますが、ブログ中では個人的に響きの好きなカフカスで統一します。
※ブログの日付は旅行当時に合わせてますが、帰国後10年以上経てから記事を書いているので実際のアップ日は2022.04.11です。

2007.10.07(日)

 夜20時にグルジアを出国して国境でビザ(21日、30USD≒約3600円)を取得。
 時計を1時間進ませ、新規115ヶ国目、この旅10ヶ国目になるアルメニアに入国。

 夜行列車でだらけている内にいつの間にやら入国。
 と、いった感じだった。

2007.10.08(月)

 08:00時
 首都エレバンに到着、100USDを33200AMDに両替。
 駅から徒歩5分ほどの日本人が良く利用するリダの家に民泊を決める。
 シャワーは無く、近くの公衆浴場利用になるが1泊1000ドラム(約400円)なので文句は無い。

エレバン駅、右下はリダの家の子供


 12:00時
 宿で荷物の整理をして昼頃に同宿の3人と観光に出る

エレバン駅。駅前のサスーンツィ・ダヴィト広場のダビデ像。右下は地下道

エレバン駅に隣接するメトロのサスーンツィ・ダヴィト駅

 
 ここでも国際学生証が作れるという情報あった。
 グルジアで作成したばかりなのでまた作る意味は無いがここでもまた作成。
 利用したいというより、最早単なるお土産だ。
 (当時の記事は「謎の日常」の「リアル・ステューデント!( エレバン:アルメニア)」を参照)

 そして最初から決めていたカスカードを目指す。

最下段がカスカード


 カスカードとは?
 簡単に言えば階段だ。

 上からの眺望が良いらしい。
 エスカレーターもあるので上がるのは簡単だ。
 ただ景色も眺めたいので所々階段併用して登っていく。

下の化け猫?結構好き。と最下段は上がり切る前の景色、工事エリアが印象的。


 13:30時
 頂上に上がると記念碑(復興アルメニアの碑)と、その前にデザインに疑問符のつく銅像がある。
 国を挙げての建築の筈なので、ふざけてはいないのだろうが何かコミカルだ。
 記念碑からハグタナク(勝利)公園に向かう途中の船のモニュメントは可愛らしさに全振りしていた。

記念碑に銅像、どうやらローマ戦士の像らしい。船のモニュメント

(銅像に関しての当時の記事は「謎の日常」の「威信を賭けて(エレバン:アルメニア)」を参照)

ハグタナク(勝利)公園


 公園に行くとグルジアと似たような巨大な女性の像がある。
 母なるアルメニア像(マイル・ハヤスタン像)と言うらしい。
 
母なるアルメニア像、最初はスターリン像だったが1967年にこれに変えられた。


 母なるアルメニア像は巨大な剣を持ち、その台座は軍事博物館がある。

軍事博物館


 さらに周りは兵器で取り囲まれている。

 母なるアルメニア像は何やら物騒だ。
 
兵器の展示。

博物館の入口に巨大な剣


 グルジアの母の像は剣だけだったが、ここは秘密基地(博物館)や取り巻き(兵器)が居る分、よりゴージャスだ。
 (銅像に関しての当時の記事は「謎の日常」の「ゴッド・マザー対決!!(エレバン:アルメニア)」を参照)
 
 14:15時
 同じ公園内に観覧車を発見。
 迷わず乗って景色を楽しむ。

観覧車

200ドラム(約80円)でこの景色は絶対買いだ。ゴンドラはコーラ系の瓶の蓋で楽しい。

遊園地内の著作権が心配になる建物に拳の像


 15:15時
 カスカードに戻り景色を楽しみながら階段を下る。

カスカード。ローマ戦士の像は私のどツボ

カスカードを降りた前にちょっと変な人(アレクサンダー・タマンヤン)のモニュメントがあった。


 15:45時
 市街に戻りブラブラと散策。

 エレバンその物は19世紀、帝政ロシアが設けたアルメニア州の州都に由来する。
 当時はアゼルバイジャン人などのムスリムも多かったらしいが、イランやトルコの国境に近いこの辺りに彼らが住むのを好まず、積極的に各地に散っていたアルメニア人を入植させたらしい。
 そして第一次大戦後、トルコでのアルメニア人虐殺や戦争難民の大量の流入を受け、近代的な都市計画な元、ソビエト、アルメニアの都として発展した都市だ。
 街並は新しく、歴史地区も無い。

エレバン市街

16:20頃。どんなどこでも中国
 
16:40頃。下2段はゾラヴォル・アストヴァツァツィン教会


 古い建物がゼロという訳では無いが、無機質で整然とした街並みに特徴的なモニュメントはここがソビエト式だという事をよく示している。

17:00頃、上2段はお洒落な看板。最下段はオペラ・バレエ劇場

劇場回り。銅像も多い

一際目を引くアルノ・ババジャニャンの銅像(ソ連自体のアルメニアのピアニスト)

最下段は市内で最も小さく古いカトギケ聖母教会


 寄り道しながら18:00時頃。
 市の中心とも言うべき共和国広場へ。

共和国広場

CCCPにソビエトを感じる


 ここでは近くの観光案内所で地図を貰ったり、本屋でも地図を買ったりして過ごす。

?!


 19時頃、まだ日は落ちていないのでここを離れて観光を続ける。

最下段は青のモスク

公園

聖グリゴル・ルサヴォリチ聖堂

 
 20時前、日が暮れたのでローカルなレストランで夕食。
 ケバブにシャシリクサンド、コーラを頼み、そして支払いでもめる。
 嬉しくもなんともないけど、良くある旅行中の1ページだ。 

21:00時頃。共和国広場夜


 共和国広場の夜景を見て、ネットカフェに寄りメトロで宿に戻ったのは22時頃だった。
 

2007.10.09(火)

 エレバン、そしてアルメニアはまだまだ終わってないが、早めに済ませたい事が一つあった。
 自称独立国、ナゴルノ・カラバフ共和国への訪問だ。

 09:30時、キルギスでも一緒だったロハスの2人、レイにエースと連れ立って宿代を払いチェックアウト。

 駅からキリキア・バスターミナルまでマルシュルートカ、100ドラム(約40円)で移動。
 さらにキリキアでナゴルノ・カラバフ共和国の首都ステパナケルト行のマルシュルートカに5000ドラム(約2000円)で乗り込む。


上段:駅→キリキア・バスターミナル。中段はナゴルノカラバフ行のマルシュルートカ

13時以降


 途中に食事を挟みながら山間の道を進み、16時頃、ボーダーに到着。
 アルメニアを一旦出国した。
 

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