タジキスタン
フジャンド→ドゥシャンベ
基礎データ(2021外務省HPより抜粋し一部加筆)
1.約14万3,100平方キロメートル(日本の約40%)
2.930万人(2019年:国連人口基金)
3.首都:ドゥシャンベ(Dushanbe)約67万人(2007年当時)
4.民族:タジク系(84.3%)、ウズベク系(12.2%)、キルギス系(0.8%)、ロシア系(0.5%)、その他(2.2%)(タジキスタン共和国大統領府付属統計庁)
5.言語:公用語はタジク語(イランのペルシア語やアフガニスタンのダリー語などとともにイラン語派の西方方言群に属する。)。ロシア語も広く使われている。
6.宗教:イスラム教スンニ派が最も優勢。パミール地方にはシーア派の一派であるイスマーイール派の信者も多い。
7.通貨:ソモニ 1Ts=約33円 ※2007年当時、補助通貨はディラムで1Ts=100Td
※ブログの日付は旅行当時に合わせてますが、帰国後10年以上経てから記事を書いているので実際のアップ日は2021.07.16です。
2007.08.30(木)
朝早く出てシェアタクシーで首都ドゥシャンベを目指す。
残念な結果は当時の記事「謎の日常」「ドゥシャンベへ・・・(フジャンドードゥシャンベ間:タジキスタン)」を参照して頂くとしてここは写真掲載のみにとどめよう・・・
フジャンド 9時過ぎ

10:30頃、工事区域で足止め

18時まで通行止めの看板。このまま待つ羽目に・・・

18時前、ようやく通行止めが終わって

18:30頃

それなりに景色を楽しんでいるが直ぐに夜に突入。
23時頃。月は明るい

2007.08.31(金)
到着したのが朝の5:00時
駅までトロリーで出て朝食。
今日が8月の最終日。
だが続いている旅行の中の一日なので気にもしない。
ここでの出来事は当時の記事「謎の日常」「ドゥシャンベ・ポリーツィア(ドゥシャンベ:タジキスタン)」にアップ済みなので写真投稿でお茶を濁して先へ進もう・・・
朝食。

10:30頃。ベフザード記念国立博物館

初代大統領エモマリ・ラフモン、調べたら1994年から今も(2021年現在)もこの人!!

お昼頃

戦車モニュメント

13時頃

イスマイル・サーマーニー像

誰だっけ?

14時頃、旧ソ連系の国に良くあるツム・デーパート

バラカット・バザール

中段左:ダイアナ?

ちょっとお洒落に感じる建物たち。

15時過ぎ

16-17時はネットカフェでプチ休憩、そのあと市内巡り:最下段はたまたま見た結婚式

景色の良い丘を目指して

18:30頃、ブロックは多分キリル文字で公園(PARK)、可愛さと無縁な遊具。

下段左はペイントが気に入った。

20時前まで丘で粘るも夕陽はちょっと残念。

バスで市内に戻って中心部の夜景を散策
「謎の日常」にアップしていたポリスに堂々とせびられた広場

決して悪くは無いけれど・・・
「だから何?」
ドゥシャンベは、そんな首都だった・・・
