良くある奇跡(東京:日本)

日本

 
2013.02.18(月)

 周遊型の旅行をある程度長く続けていると一つの場所で知り合った友人が別の場所でまた私の友人と知り合う。そんなシチュエーションが度々起こってくる。

 例えば中国で知り合った友人A、ドイツで知り合った友人B、そのA,Bがブラジルで出会い、ふとしたはずみで「あっ!あんたもデュークの知り合いか?」となるのである。

 距離、時間が離れすぎているので”奇跡的な出会い”に見えるかもしれないが、これは単に「良くある奇跡」のというヤツの一つに過ぎない。



 2006年の1月、セネガルの首都ダカール、そこにあるローカルなネットカフェである漢と知り合った。
 ガンビアでちょっとだけすれ違った旅行者から「アフリカ中を周ろうとしている漢がいる」と風の便りに聞き興味を抱いていはいたが、その彼がビンゴでアフリカをほぼ抜けて終わりに近付いている私とこれからアフリカの全てを見ようとしていた彼がまさかそんな場所でばったりと出会うとは思ってもみなかった。
 違う宿に泊まり3,4日程会って、旅行と言えば日帰りトリップを1回やった程度しか一緒に居る事はなかったが、当然の事ながら意気投合し、お互い帰国した後もしばしば会って飲む、そんな中になっていた。

 その漢の名を”「タツ」”という。


 2007年7月、ある漢と知り合った。忘れもしない、クズファッキンスタン・・・、じゃなかったウズベキスタンの首都タシュケント、そこにある有名な民泊場所であるカラマット・アパの部屋の一室にその漢はやって来た。
 過したのは一晩だがびっくりしたのは訪れた国数だった。2004年12月にスタートした私より半年ぐらい遅れての出発となった彼は、ウズベキスタンで私と出会った時、既に2年は経っているのにまだ8か国目だと言う。私は既に110カ国前後に達していた時であり、彼が見た中でも最速のスピード旅をしている旅行者だということだ。もちろん私にとっての彼は「最も遅く旅するパッカー」である事は異論の余地は無く、お互いの余りのギャップにビックリした事を昨日の事であるかのように覚えている。
 彼は1泊で宿を離れ、アドレスすら交換しなかったが、その後彼が私の知り合いに会った時にコンタクトを取ってくれてから付き合いが始まり、2009年、「オペレーション・イリーガル」を紹介してくれた恩人になることになるとは当時は夢にも思ってもいなかったし、その彼がトータル7年以上も無帰国で旅行をし続けるとは想像もしていなかった。

 その漢の名を「”麦わら”」という。


 今迄色々な旅人とすれ違ってきたが彼らは間違いなく「ザ・ベスツ・オブ・ザ・ベスツ(The Bests of the Bests:ベストを1人に決めれないので敢てこういういい方にしています。)」の1人と呼べる、そんな旅人達だった。



 そして2010年のとある月・・・

  その2人の漢が出会った・・・

 エチオピアの地方の町でバッタリということらしい。お互い何か引き寄せる物はあったのだろう?知り合いになって1日ぐらいでお互いがこのプロフェッショナルと縁深いということに気付いたということだ。

 麦わら氏が他の旅人に「アメーバ赤痢にかかった旅行者」の話をしているのに気付いたタツ氏が「その人ってひょっとして・・・」というのが私の存在に気付いた瞬間だと2人で入念に打ち合わせたかのようなカバー・ストーリーを語ってはいたが、実際は旅行中に知り合った「最もエレガントなツーリスト」の話をしていた時に違いはないだろう。アメーバの下りは私のエレガントさに対する2人の嫉妬以外の何物でもないだろう。

 彼らから「デュークさんの知り合いのこんな人と今一緒ですよ!」というメールが届いた時、「良くある奇跡」の一つがまた起きたと思った事を覚えている。

 その彼らは後に別々の行程で「コンゴの川下り」を成功させるのだが、それは彼らのホームページにでも譲る事として、「麦わら」氏が帰国してきたので、3人で会う事にしたのだ。


 ”原宿”

 私にしか似合わないこの街を待ち合わせ場所にしてしまった事はコアで野獣の様な二人の元パッカーにちょっと申し訳ないとは思ったが、たまたま知っているお洒落で美味しい焼肉屋がここにあるから仕方が無い事だろう。
 
 そこで初めて一堂に会す、お互いがお互いを深く既に知っているからだろか?3人一緒に会うのが初めてとは全く思えない。
 それもお互いの出会いのきっかけはアジアの辺境、アフリカの辺境なのに日本での再会は東京のど真ん中、それも
お原宿の展望が見渡せる神宮前交差点の一角にあるビルの5階で。
 このシチュエーションが何とも言えない不可思議さを加速させる。

 出会った場所、時間は違う3人、その我々を結び付ける物は”同じ場所に足跡を残している”という事だろう。

 旅行者同士の集まりでその場所がパリやロンドン、あるいはニューヨークならそう珍しい事ではないだろう。
 ただあまりツーリストの訪れないコンゴの首都キンシャサのヴィットワール広場やアンゴラの首都ルアンダの話が出来る人間が一堂に会しているとなると旅行者の中でもかなり希少種の集まりだ。そして訪れる人の少ない、それも訪れるのが困難な場所に行った数少ない旅行者という共通項が我々が初めて一堂に会しているにも拘わらず、長く一緒に居た友の集まりという感覚をより強くしているのだろう。

 焼肉を食べ終わり、場所を池袋の、これもまた雰囲気の良い喫茶店に移して会話を続けていく。最近帰って来た「麦わら」氏のアフリカの話、2005年当時に作った私の情報が西に関してはまだ現役と知りビックリした事。そして実は「タツ」氏は「アフリカに呼ばれていない漢」ではなく、「旅行そのもの呼ばれていない漢」と判明した事。至福の時はいつしか終わりを迎えまたの再会を誓って・・・、といいつつお互い旅行者同士であるので「いつかきっと多分」程度だが・・・、別れる事にする。


 今回のこの会堂。

 中南米を制覇しアフリカに4度出征した「タツ」氏、7年間無帰国漢、それもアフリカに3年もいた「麦わら」氏、そして口はばったいが世界166ヶ国を誰よりもエレガントに周ったヨーロッパ・ツーリストのこのプロフェッショナル・・・

 その3人が一堂に会し、初めて分かった事がある。


 そう、バックパッカーの登竜門、バックパッカーのパラダイスとも称される「タイの首都バンコク」にはこの3人の誰一人として行っていなかった・・・

 という事を・・・




 うーむ、私に限らず3人とも何しに旅行していたんだろう・・・・





 そして私はこう誓う。


 あのクレイジーな二人につられてコンゴの首都キンシャサやアンゴラの首都ルアンダの話なんかで盛り上がっている場合ではない。



 いつかタイに・・・


 きっとタイに行ってやる。


 と・・・・






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