ザンビア
2005.07.28(木)-29(金)
アンゴラ、コンゴの両ビザを取得し、一応中央部で利用すると予想される分のドルキャッシュを準備した今、ルサカに用は無くなっていた。
ただ、なんだかんだで長くなっていたルサカからすぐに出発する気もおきず、数日間は時間を潰してから行くことにした。
28日にタナカ氏は寺に戻り、29日、何気なしにネットをしているとグレネコ氏、土神氏とばったりと会う、そしてこの日の夜はモザンビークで出会っていたチャリダーの藤氏がルサカに到着、良いタイミングだった。夜通し彼に彼が訪れたアフリカの中央部、西部の情報を聞く。
こうして彼と再会して情報が取れた今、これ以上ここに残っていてももうやることもない。明日出発する事にした。
アンゴラ東部とザンビア西部の国境付近の治安が不安定なことと、ナミビアの首都であるウイントフックを観光していなかったことからルートはザンビアからダイレクトにアンゴラではなくナミビア経由だ。
2005.07.30(土)
隣国でありながらルサカからウイントフックへの直行バスは無く、朝バスターミナルへ行きリビングストンへ。
かつて泊まったるジョリーボーイズへチェックインして一晩をここで過ごす事に。東部よりはましだが南部アフリカも移動に時間はかかる。
夜はケープで会った日本人旅行者と再会し話し込む。明日はナミビアだ・・・
2005.07.31(日)-08.01(月)
朝起きてリビングストンからウイントフックへの直通バスであるインターケープの乗り場へ。
ただ残念ながらフル。こうなったらしょうがないので刻んで行くしかないだろう。
取り合えずボーダー付近の町であるシェシェケへ大型バスで行き、そこでシェアタクシーに乗りボーダーのカティマムリリョへ。
途中知り合ったナミビア人の学生が私の面倒を良く見てくれてボーダーですんなりとウイントフック行きのミニバスを掴まえてくれて一緒に出発。これで通算で一ヶ月を超えたザンビアともようやくお別れだ。
一抹の旅愁を全く覚えず、むしろせいせいしたという気分なのはザンビアではアンゴラビザで待たされ、コンゴビザでプチ・ボッタくりにあい、ATMに現金を飲み込まれて取り戻すのに手間暇がかかったなど碌な目にあってなかったからだろう。
ウイントフック行のミニバス
夕方出発したミニバスは1日早朝にウイントフックへ到着。
中央部へ向かう旅は今の所順調だ。