2010.01.16(土)
今回のハイチ大地震。テレビやネットで流れてくるのは被災者の方々の悲惨な状況や壊滅的打撃を受けた首都の映像が殆どだ。
そんな折、私が訪れた当時の写真を公表するのは、以前のポルトープランスの街並がどのような物だったのか、そして今の惨状がどれだけ酷い物なのか?対比するにはいい素材になりうるかもしれないと考えたからだ。
今回の記事については、以前「激闘の記録」に当時訪問した旅行記として書いた「第24話 ビター・ブラック前編(舞台国:ハイチ) 」と写真はかなり重複しているがご了承を。
それと地震直近のポルトープランスの様子はつい一ヶ月前の2009年12月に訪れたナガモ氏のブログ、「世界一周!で漏らしてみる」の「ハイチ、ポルトープランスの写真84枚動画2本を公開しました」に載っているのでそちらも参考に。
私が訪れたのは2008年9月、今から約1年3ヶ月前。
ドミニカ共和国から陸路(バス)で入国、2泊3日で首都ポルトープランスを観光した。
ドミニカ共和国―ハイチ国境
ドミニカ共和国側 ゲートを超えるとハイチへ。
ハイチ側、ハリケーン直後(2週間後くらい)に訪れたのでマーケットが水没している。
道もご覧の通りに水没中。こちらはハイチ側のイミグレ、ドミニカ共和国側から少し離れている。
街に着く途中で見た交番?と壁に書いてあったペイント
ペチョンビル地区。
首都のポルトープランスは治安が安定していないので比較的安全と言われるポルトープランスの山の手でもあるペチョンビル地区にバスは到着する。ちなみにここから首都まで乗り合いタクシーで10−15分ぐらいで簡単に行ける。
利用したカリベ・ツールのバス停
ペチョンビル地区中心のサンピエール広場にその脇にある教会
ペチョンビル地区の中心の中心には一応閑静と感じる道や微妙にお洒落な家もある。
道からちょっと山の方を眺めると斜面に立つスラム街が見える。
一歩はなれた青空マーケットエリアの喧騒。人人人のラッシュ
ポルトープランス行きシェアタク発着場付近。
乗ったのはステーションワゴン風。
ポルトープランス(首都)
注:建物場所の名称はロンプラを参考にはしているもののかなり強引につけているのであまり気にせずに・・・
また月日が経過してしまったので名称や場所の間違いがあると思われるがそれも多めに見るように・・・
ポルトープランスの中心というべきシャンプデマール。主要な観光対象は大体この周りに集中している。ちなみに広かったのでカメラに全景は収められなかった
周りの建物と全く噛合わない威容さを誇っていた大統領府
その横にあった比較的立派な建物、よく見ると大分ボロボロになっていた。
ハイチアートミュージアム
ハイチナショナルパンテオンミュージアム、地下に潜っていく。それを示す道路側の看板は割れていた。
立派な記念塔
付近のモニュメント
シャンプデマールに隣接する独立英雄広場付近
広場の中で休み人たち、公園もあり遊戯道具がみょうにカラフル
教会特集
先ずはこれもどでかいノートルダムカトリック聖堂
その他色々、名称は調べられず不明
これは墓地、壁の落書きは厳粛というよりも何かコミカルに感じる。
次は建物や広場、街並等
郵便局とその前にある広場。観光案内所が休日お為郵便局前の物売りからポルトープランスの地図を購入した(集めているので)
郵便局の奥はもう海、広場ごしにクレーン等が見える
国民統合広場。 日本国旗もはためいている。
カラフルな噴水、水は勿論出ていなかった。
誰も居ない遊び場、でも遊具はカラフル。そして海沿いの大通り
海沿いに出て眺めたポルトープランス湾
シルビオカトースタジアムを外から眺めて
国立図書館。ピクトさんがいい感じ。そしてテレコムセンター、これは廃墟だ。ペチョンビルへ戻るシェアタクはここから出る。
マーケットエリア、ゴミが多く異臭が鼻を突く。
その他色々・・・
信号機があったのは結構ビックリ!稼動はしていないと確信しているが・・・
カラフルなペイントバス、利用はしていないが中距離以上のように思われる。
ちょっと気に入ったサンダルの吊るし売り
帰りのシェアタクから撮影した道路の景色
この場所を訪れた者の一人として今回の大地震で亡くなられた方のご冥福と、一人でも多くの人達の無事を願っています。