モーリタニア






2006.01.29(日)


 アフリカ大陸を大きく2分するとサハラ以北とサハラ以南の俗に言うブラックアフリカに分ける事が出来るだろう。

 アフリカ大陸の地図を見るとどこも差異があるように感じないが一般的に想像する黒人たちの国、それがサハラ以南のブラックアフリカになる。
 
 エジプトからスーダンに入りヌビア砂漠を越えこのプロフェッショナルのブラックアフリカ紀行が始まり一年とちょっとが過ぎていた。

 それも今日までだ。

 ”国境を越えれば・・・”

 私のブラックアフリカは終わりになる。

 

 私はヌアディブを出発し、西サハラのダクラに向かう事にした。


 出発予定は10:00時と聞いている。昼前までには多分出発するだろう。

 タクシーを掴まえてダクラ行のバスの乗り場へ向かう。


キャンピング・アバ付近、だったような・・・



 モーリタニアは文化的にはイスラム圏になりまたアラビア系の黒人も数多く見かけるのでブラックアフリカに区分していいのかどうかは微妙な所だがタクシーをハイヤーしたところそれがシェアタクのように使われ、多少騙された気分になる。

 まだここがサハラ以南のブラックアフリカであるというのが如実に分かるエピソードだ。

 そしてそんなものは別にいらなかった・・・

タクシーから。



 ちいさな小屋にあるチケット売り場、12,500UMI(ウギア:約6000円)というのがダクラまでの・・・ブラックアフリカとお別れの値段だ。

 13,000UMIで払っていた私は中々返そうとしなかった500UMIで売場の人間と揉める。

 ブラックアフリカでは良くある出来事だ。

 そしてこういった事ははっきりいってもう面倒でうんざりだった・・・


 これから向かうダクラへの道のり。

 これからは砂漠を越える旅になる。


 サハラ砂漠越え


 旅行者のロマンティシズムを刺激するこの冒険チックな響き。


 アフリカ西側では二つあり、一つはアルジェリアからニジェールへ向かう内陸ルート、そしてもう一つが私が今から向かうヌアディブからダクラへと西の海岸線を進む西サハラ越えルートである。


 最後の最後まで楽には抜けさせてはくれないのがブラックアフリカだ。

 一年以上過ごしてきたが私はいまようやくその出口に辿り着いたのだ・・・


 これからの長時間命を預けるミニバス。サハラ越えという苛酷な冒険に挑むにはそんじょそこらの「ただのミニバス」でははっきりと言って役不足だ。

 彼らもそれは十分に分かっているのだろう。

 私は彼らが指差す、これから乗るミニバスを・・・

 



これがダクラ行のミニバス。





 『・・・』


 『・・・・・・』


 『いや、ちょっと待て、これでいいのか?せめてどんな所でも走りきるハイエースかなんかじゃ・・・』




 良く分からないが彼らが毎回これで砂漠越えしてるんなら多分行けるんだろう・・・


 出発の予定は10:00時、そして予定時間は守られない為にあるブラックアフリカの常としていつ出るか分からないまましばらく待つ事になった。


近くのガソリンスタンド、中央のタクシーは勿論現役


横からとらえたナイス・ショット、勿論現役、これでも普通に走るので日本の車検制度って何?っと、思わせる。



 ミニバスは12:00時、なんとか正午に出発する。

 言わなければ多分そのままピンはねされたと思われる私のお釣りもしつこく請求したお陰か?何とか戻ってくる。

 予定通りと言えば予定通りの出発だ。

ミニバスの中から




 旅行者にとっての一大イベント、そこらへんの住民にとっては単なる日常の予定の行動の一つに過ぎない「砂漠越え」、私は景色を堪能する為に前座席を確保していた。

 私がお釣りの件で揉めているときもう一人私の横にいたモロッコ人、ノルエルアッディーンと名乗る男が私に問いかける。

 「いくら払ったの」

 『12500UMI』

 「そいつは酷い!俺は10000UMIだ」

 仕方が無いだろう、私はそもそも外国人料金だし後ろに乗りたくないからあまり交渉せずにその値段で納得している。ただ横に乗っている同乗者が私よりもいい窓際の座席で私より安いというのが多少めげるくらいだ。

 「そんな金を払わせるなんてモーリタニア人は最低だな、ムスリム(イスラム教徒)は旅行者に優しくなければいけないし手を差し伸べなければいけないんだ。」

 彼は私がボラれていることにご立腹だった。私よりも彼が怒っていた事で不思議と私は全く怒ることなく穏やかだ。

 しばらく走るとミニバスが止まる。

 そして一つの家に行き、荷物を運び始める。ノルエルアッディーンも彼らを手伝っている。

 『???』

 私が彼も手伝うなら手を貸そうと思い降りて『何かやろうか?』とジェスチャーすると彼が制して

 「俺が10000UMIなのは荷物の積み下ろしを手伝うからだよ」

 と答える。


 『・・・』

 『・・・・・・』


 『ちょっと待て、あんた手伝う事を条件に値引いてるじゃん・・・、それなのに何故俺がボラれたといって俺以上に怒っていたんだ?』


 答えが別にあるわけではない、ただ分かった事はモロッコ人の彼は良い奴だということだった。


荷物を積んで新しい乗客がのった付近の景色、イスラミックな建物が目をひいた。




 ミニバスはようやく郊外に出る。

 あっという間に砂がメインの砂漠地帯へ。
 

道路は綺麗




 車は速度を上げる。

 見晴らしのいい前座席、これから向かう先は北アフリカ。


海岸も見える




 思えば・・・スーダンで砂漠を越えてブラックアフリカに突入してから一年ちょっと・・・


 色々な国を通り過ぎ色々な物を見た。

 そして幸運にもソマリア以外(日本の地図には載って無いソマリランドには訪れている)の全ての国の全ての首都を訪れる事が出来た。

 
 私が目にした景色、人、街並・・・

 
砂漠を走るやけに綺麗な道路




 当時、間違い無く「この年で、その都市、その国に最初に訪れたのは私だ」と思える国も数カ国、数か所はあるだろう。

 ブラックアフリカをやり遂げた稀有なツーリスト、と自賛しても良いだろう。

世界一長い鉄道の横を通って




 様々な思い出、記憶の中に鮮やかに彩られている日々・・・

 そう思うと一年以上過ごしたブラックアフリカに今日別れを告げると考えると・・・


 
綺麗な砂丘があった。




 脳裏に様々な思いが去来する。

 賄賂攻撃、ぼったくり、警官に拘束されかけた事、人種差別・・・

 一つ一つがかけがえのない思い出・・・


 の訳は無いな、面倒で腹が立つことばかりだったし・・・


悪路に変わる。




 ミニバスに乗って快適な舗装路を進むうち、突如道路が悪くなる。

 まだ国境は越えていない・・・

 地図で見ると国境まで後僅かだ。

 ブラックアフリカの終わりの終わりでこんなトラップを仕掛けてくるとはサハラ越えも一筋縄ではいかなそうだ。

 そしてついに舗装も無くなった・・・

一応道路にはなっている。





 ボーダーまではもうすぐだ。


 『あの国境を越えれば・・・』


 いよいよ私のブラックアフリカでの日々は終わりを告げるのだ・・・

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