ポーランド



2006.10.15(日)

 この辺りを、この国を旅行する者たちにとって”見なければならない場所”がある。

 ドイツ語でアウシュヴィッツ、現地ポーランド語ではオシフィエンチムで呼ばれる強制収容所跡がそれだった。

 一緒に民泊しているランナーと共に朝アパートを出てバス乗場へと向かう。

クラコフ市内に乗ったミニバス、鉄道駅のすぐ近くに乗場があった。
 

 大体1時間半ほどミニバスに乗って到着したのは10時半ごろだった。

 アウシュヴィッツ、恐らく知らない者はいないであろう有名なこの地はかつてナチスドイツの人種差別によって大量のユダヤ人が強制労働に駆り出され、そして殺戮された場所でもある。
 人が人に如何に残忍になれるのか?その歴史的なマイナスの所業を後世に伝え2度と同じ過ちを犯してはならないとして登録された「負の世界遺産」というのがこの場所だ。

アウシュヴィッツの入口。



 早速「働けば自由になる(上の写真の下段の文字)」と皮肉に満ちたゲートを通り収容所へと入って行く。生憎の曇天が却ってここを訪れるのに相応しい日と思わせた。

収容所内の建物



 アウシュヴィッツは過去の負の歴史の博物館となっている、各元収容所の建物内に当時の写真や物品などが展示されているのだ。

展示物や写真の一部、当時の生活が偲ばれる。


博物館となっている元収容所の一つ、下段は「死の壁」と呼ばれ多くの人名が銃殺刑で奪われた場所。


トイレに洗面台、そして寝床


遺品の数々、上段は眼鏡。


そして有名なガス室で使用されたと言われるチクロンB、下は囚人の刈られた毛髪。


中段はヘスの絞首台、下段は再現されたガス室


ガス室内


収容所内



 確かにそこに「負の遺産」は存在する。そしてここを訪れた者は「あまりにも悲惨な場所だ。こういった悲劇を繰り返してはならない」、と感じる事だろう。他の旅行者のホームページやブログで検索すると 大体はそんな感想にになっている。だが、私はここを見ながら考えていたのは全く別の事だった。


 それは私が5月にイスラエルを訪れていたからだったかも知れない
。(参考「シンギュラリティー(エルサレム:イスラエル)」)


 ここ(アウシュビッツ)で虐待を受けたユダヤという民族は、イスラエルのエルサレム新市街にある博物館で過去の虐殺な歴史を訴える反面、今まさに自治区に高い壁を築いてパレスチナ人を囲い込み虐殺しようとしている。

 

 虐殺された歴史がありそれを悲劇と捉えるなら虐殺する側には回らなくても良さそうな物だがそうは問屋が卸さないのが人間という物らしい。

 

もう一つの近くにある収容所のビルケナウ

 

下段右下のトイレの網は最初意味が分からなかったが一緒に入った日本人女性が「脱走防止」と言われて納得だった。

 

ここは何も手が加えられないまま残されている。

 

”通”に言わせると「手が加えられてない分」ここの方が迫力があるらしいが、個人的にはどちらもさほど変わらない。

 

 

 

 イスラエルはイギリスの3枚舌外交で有名なバルフォア宣言によって、2次大戦後にそこに定住したパレスチナ人を追い出して建国した国だ。それも約2000年もの間、かつてこの地を追い出されてから国土を持たず宗教だけを拠り所として存続してきた民族が約束の地と信じ、本人たちに言わせれば戻ってきた、そこに定住していた人たちにとっては奪われた場所にだ。

 これがまかり通るならアメリカはネイティブアメリカンへ、オーストラリアはアボリジニへ。というのが筋だが、当然そうはならない、その時々の世界に主導を持つ国家の我儘で世界は形作られている、パワーポリティクスというヤツだ。

 そして追い出された人たちは当然奪い返そうとする、守る側は?隣にいつでも自分を殺せる人間がいると考えると枕を高くしては寝れない、封じ込めを行うのは彼らの理屈にとっては当然の事だろう。そしてそれが紛争を生むのは当然の帰結でしかない。

 

 「憎しみの連鎖未だ止まず」

 

 私は別段このことを良いとも悪いとも言わない、生き残るためにはそれぞれにそれぞれの主義主張や正義がある。

 

 ただ、こうやって見ていくと、私にはアウシュビッツがその事柄だけに関しては2度と繰り替えしてはならない人類の暴挙であることに間違いないが、今のイスラエルが生き残るためのプロパガンダのツールにも見えてしまうのは、私がひねくれているからなのだろうか?

 

 そしてユダヤ教。

 2000年もの妄執を現代に活かし続ける宗教というのは良きにつけ悪しきにつけ恐ろしい力を持っていると感じざるを得ないだろう・・・

 誤解を恐れずに言えば「ユダヤ教」が過去死に絶えていたら各所でのユダヤ人虐待も、現在のパレスチナ問題は当然起きてはいなかっただろう。

 だが、歴史を見れば、例えユダヤ教がなくなったとしても人類はまた新しい、全く別の問題を産むに違いない。そしてそのそれが過去のユダヤ人虐殺や現代のパレスチナ問題よりも小さいという保証もどこにもない。

 なので、それが良い事なのか悪い事なのか?当事者でない私には分かりようも無いし、どうでも良い事だ。

 

 つまるところ私はただのツーリストだ、あるがままを見て思うがまま感じればよい

 

 それだけの事だ。

 

 曇天のアウシュビッツは、私にそんなことを感じさせる空だった・・・

 

 不合理と不条理、世界は様々な矛盾で成り立っている。

 

 だからこそ私はそこを見たくなる。何かを変えるために?

 そうではない、ただ見たいという手前勝手な好奇心の為にだ。そしてそれこそが旅行を続ける理由だからだ。

 

 そんなことを考えつつ、私はここを後にすることにした・・・

 

戻ってきたクラコフ

 

 

 

 

  • What’s new?(2024.02.22)

    「謎の日常」「レイバーキャンプ編」「国内観光編 」に新記事
    2024.02.22
    故郷は・・・(千葉)New!

    「謎の日常」「謎5thミッション国内車旅行編」「謎5th2nd北海道編 」に新記事
    2024.02.19
    第5任務第2話の終り(弘前:青森ー松戸:千葉)New!
    2024.02.14
    もう一つの半島(平舘ー弘前:青森)New!
    をアップ

    Facebookはこちら
    東城 皇司
    インスタグラムはこちら
    GOLCO31
  • Categories

    open all | close all
  • ETC・・・


  • リンク用バナー
    このページはリンクフリーです。

    にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
    人気ブログランキングへ